2017年8月19日土曜日

ゆく河の流れは絶えずして







今回の旅行を考えた時、母からのリクエストはマチュピチュのみ。せっかくだからナスカの地上絵もみたい、程度。

昨年、丁度今頃遊びに行った友人がマチュピチュに行っていて、彼女がばっちりと旅程を写真入りで書き記してくれていて、それが非常に参考になった。また、フランスに来た時から本当にお世話になっている日本人の友人が、矢張り数年前にマチュピチュに行ったというので、地球の歩き方を貸してくれていた。彼女は、せっかくならとボリビアのウユニ塩湖に行ったという。ただ、現地にフランスの外交官の知り合いがいて、彼等の車で各地を回ったとの話。きっと何度も読むだろうからと、地球の歩き方をパリの書店で日本の値段の3倍で購入。






本当にガイドブックは良くできている。とても魅力的に書かれていて、ここも、あそこも、と行きたいところが沢山出てくる。その一つがアルキパ、そしてコルカ渓谷だった。プーノまで行くなら、もう少し足を延ばして良いのではないかと思った。





年間を通じて雨が少なく温暖な気候に恵まれていて、フルーツの栽培も盛ん。街のいたるところから望める6000メートル級の高山。近郊には大渓谷があり、温泉も楽しめる。しかも、その渓谷たるやアメリカのグランドキャニオンよりも深いというではないか。グランドキャニオンに行っていないが、眩暈がしそうな程魅力を覚えた。アルキパから一泊のコルカツアーが出ているらしい。コンドルが空を飛ぶところを見る!なんてワイルドなんだろうか。「コンドルは飛んで行く」のメロディーが懐かしさを伴って頭をよぎる。





中学の時、音楽の教師から校内放送で呼ばれて室内楽のメンバーにさせられたことがある。本当は双子の妹に声が掛かったのだが、私の姿を見て、音楽の教師はちょっと驚いた顔をしつつも、まあ、やってみれば、とテナー・リコーダーを手渡してくれた。その時の曲の一つがアンデスのフォルクローレの「コンドルは飛んで行く」だった。

本当に毎日、仕事で大変だった。朝は6時に起きて出社し、夜の9時に帰宅。それから11時半まで家で仕事。大したことはしていない。ただ、通勤時間が長いことと、仕事の量が半端ではないことが、要因だった。

だから、と言い訳ではないが、気合を入れないと旅行の計画は立てられない。そして計画をバッタ達に説明し、相談、といった時間はなかった。
取り敢えずのアイディアを現地の旅行会社数社に投げ、返事の速さと内容を検討し、一社に絞り、プログラムを決めた。




母やバッタ達が、私と同じようにアレキパの街に惹かれ、コルカ渓谷に圧倒されるか、未知数であった。正確には、私自身が心揺さぶられるか、それさえも分かっていなかった。

プーノのホテルで、いや、厳密にはチチカカ湖を望む、他にはお店も何もない、プーノの中心からは小一時間も離れた村のホテルで、母が、これから標高が富士山の山頂よりも高いところを行くらしいことをガイドブックを読んで教えてくれた時には、声も出なかった。

勉強不足。準備不足。

バッタ達は標高の高さに一向に問題はなく、頭痛薬も特に必要としていなかったし、母は日本からの頭痛薬があるので大丈夫と言っていた。そこで、私の分のみ、プーノの薬局で頭痛薬を購入。箱ではなく、一錠ずつばら売りしていることに驚いた。






プーノからアレキパまではバス。6時間程度、今度はどこにも観光に寄らずに真っ直ぐに行く予定。息子バッタとiPadで映画を見ていた末娘バッタが具合が悪そうな顔で通路の向こうから手を伸ばしてくる。慌てて酔い止めを渡すと、何故か私と席の交換をしたがり、急遽交代。そうして、道中、息子バッタの隣に座ることになる。

バスは飛行機の国際線同様、座席の前に一人一人スクリーンがあり、映画や音楽、ゲームが楽しめるようになっている。映画は全てスペイン語だったが、何の問題があろうか。二つ、三つと、大いに楽しめた。気が付くと外は真っ暗。川が流れている様子だった。

と、息子バッタが、「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず」と口ずさむ。「淀みに浮ぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし。」

インカ帝国の第4代皇帝マイタ・カパックが建設した街、アレキパ。あまりに美しいその様を見て、ケチュア語で「Ari qhipay(ここへ住みなさい)」と言ったという。これがアレキパの語源らしい。その街を1540年にスペインのフランシスコ・ピサロは制服してしまう。

そんな歴史に思いを馳せてなのか。インカ帝国の神殿を取り崩し、土台だけは使い、そこに教会を建設したクスコを見てきたからなのか。各地で遺跡を見てきたからなのか。

高校の最後の最後まで、息子バッタが日本語の勉強を続け、バカロレアの試験で比重の高い日本語を選ばざるを得ない状況に追いやったことに対して、忸怩たる思いをしていた。彼は理数系コースを選択していたが、最終学年に於いても国語および日本語による地理・歴史の勉強を続け、最終的にバカロレアの試験が課されていた。結果、日本語関連学科を除けば、平均点は満点近いにも関わらず、比重の高い日本語関連学科が大きく足を引くことになった。

分かっていた。人生は試験だけではないことを。彼の高校生活を豊かにし、友人たちにも教師にも非常に恵まれた環境を提供した、今の教育機関に通えたことに対して非常に感謝していた。

それでも、
試験の結果を見て、数字ではっきりと、日本語関連学科が彼の評価の足枷になった事実は、痛かった。

ところが、
南半球の、ペルーという国。その南部にある、同国第2の都市、人口約90万人程度のアレキパにて、鴨長明の方丈記の一節を口ずさむとは!

にんまりとする。
これから二年間、全寮制の教育機関で学ぶことを選んだ息子バッタ。力強く、確信をもって出航!









ペルー紀行
     第一話  インカの末裔
     第二話  マチュピチュを目指して
     第三話  真っ暗闇の車窓    
     第四話  静かな声の男
     第五話  さあ、いざ行かん
     第六話  空中の楼閣を天空から俯瞰
     第七話  再び、静かな声の男登場
     第八話  インポッシブルミッション
     第九話  星降る夜
     第十話  インカの帝都
     第十一話 パチャママに感謝して
     第十二話 標高3400mでのピスコサワー
     第十三話 アンデスのシスティーナ礼拝堂
     第十四話 クスコ教員ストライキ
     第十五話 高く聳えるビラコチャ神殿
     第十六話 標高4335mで出会った笑顔
     第十七話 プカラのメルカド
     第十八話 標高3850メートルの湖上の民




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2017年8月15日火曜日

標高3850メートルの湖上の民






プーノの朝は早い。
太陽が標高3850メートルの水平線を焦がし始める。




アイマラ族出身のガイドの青年から、湖畔に住んでいたウル族たちがスペイン人に責められて湖に住むようになったと聞いたが、15世紀の第9代インカ皇帝パチャクテックに攻め入られ、ティティカカ湖の浮島に逃げ込んだ等の諸説があるらしい。既に湖に住む民はいたが、湖畔に住む人々もスペイン人の攻略を受けて湖上生活を余儀なくされた、といったところだろうか。





葦、トトラで作られた舟に揺られながら、思う。
人間は考える葦。自然の中では最も弱いものだが、考えるという行為によって宇宙を超える、とパスカルがフランスで沼地に生える葦を見ながら思いに耽っている時にも、アンデスの奥地、標高3850メートルのティティカカ湖では、当時の権力に追いやられた民が葦を使って島を作り、そこに居住していた。そして、その生活は今も続いている。






波もなく、静かにゆったりと舟が進む。一緒に乗り込んだ島の男の子が「さいた、さいた。」と口ずさむ。誰に聞かせるということでもなく、とても自然に。「ちゅーりっぷのはなが」。いつもそこで止まってしまう。日本人の観光客が教えてあげたのだろうか。とても恥ずかしがり屋なのに、それでいて「さいた、さいた。」と皆の周りを歩き回る。





末娘バッタが船頭の女性に頼んでオールを握る。怖いもの知らず。何でも見てやろうとの精神。

数家族が住んでいると言う浮島では、観光客が数人ずつに分けられた。我々は一人の女性の家に手を引かれて招かれる。観光サービスの一環なのだろう。家といっても、小さな部屋に蒲団が敷いてあるだけ。それだけの生活空間。壁にはいくつもの洋服がぶらさがっている。4人家族と言っていたか。居たたまれなくなって、外に出る。すると、招き入れてくれた女性が手作りの織物、刺繍のタペストリーを広げて見せてくれる。


末娘バッタが値段交渉をやらせてくれ、と言うので、任せる。同じ大きさなのに、値段がそれぞれに違う。末娘バッタによると、欲しいと思われている作品には高い値がつけられているらしい。真剣な商談が展開される。先程の小さな空間に住んでいる女性は最初はウキウキとしていたが、そのうちに顔を曇らせ、悲しそうな表情を浮かべる。ああ、これでは勝負にならない。


別の女性が持っているタペストリーを母が気に入った様子。ここでも末娘バッタが値段の交渉。頑張る彼女に、女性は奥で遊んでいる少女の方を向いて、子供がいて大変なんです、と訴える。そう言われてしまうと、勝負はついてしまった。ママ、そんなんじゃダメだよ、と末娘バッタには呆れられるが、言い値を出してしまう。





子どもには弱い。特に、この地の子供達を見ると、幼いころの自分と重なってしょうがない。何故だろう。小学校の頃の友達の顔も重なる。母親にしても、ひょっとしたら長女バッタと同い年ではないかと思ってしまう。彼らが不幸などと決して思わない。そんな不遜な考えはない。それでも、彼等の日常を思う。湖の浮島の中だけの生活。閉塞感。水の臭い。





パスカルの言葉が改めて重みを持つ。
人間は自然のなかで最も弱い、一本の葦にしかすぎない。だが、それは考える葦である。彼を押し潰すためには全宇宙が武装する必要はない。蒸気や一しずくの水でも人間を殺すには十分だ。しかしながら、たとえ宇宙が彼を押し潰そうとも、人間は彼を殺すものよりも尊いだろう。なぜなら、彼は自分が死ぬこと、また宇宙が自分よりも優れていることを知っているからだ。宇宙はそれについて何も知らない。だから、われわれの尊厳のすべては、考えることのなかにある。





湖上の民に幸多からんことを










ペルー紀行
     第一話  インカの末裔
     第二話  マチュピチュを目指して
     第三話  真っ暗闇の車窓    
     第四話  静かな声の男
     第五話  さあ、いざ行かん
     第六話  空中の楼閣を天空から俯瞰
     第七話  再び、静かな声の男登場
     第八話  インポッシブルミッション
     第九話  星降る夜
     第十話  インカの帝都
     第十一話 パチャママに感謝して
     第十二話 標高3400mでのピスコサワー
     第十三話 アンデスのシスティーナ礼拝堂
     第十四話 クスコ教員ストライキ
     第十五話 高く聳えるビラコチャ神殿
     第十六話 標高4335mで出会った笑顔
     第十七話 プカラのメルカド




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2017年8月14日月曜日

プカラのメルカド




ペルー紀行
第一話 インカの末裔       第十一話 パチャママに感謝して
第二話 マチュピチュを目指して  第十二話 標高3400mでのピスコサワー
第三話 真っ暗闇の車窓      第十三話 アンデスのシスティーナ礼拝堂    
第四話 静かな声の男       第十四話 クスコ教員ストライキ
第五話 さあ、いざ行かん     第十五話 高く聳えるビラコチャ神殿
第六話 空中の楼閣を天空から俯瞰 第十六話 標高4335mで出会った笑顔
第七話 再び、静かな声の男登場
第八話 インポッシブルミッション
第九話 星降る夜
第十話 インカの帝都





プカラに到着。プカラ文明は紀元前200年から400年近く栄えた文明とのこと。ここではプカラ遺跡から発掘されたミイラや石像などの出土品が展示されている。





歴史にも触れたいが、それよりも、今この土地で住んでいる人々の生活にも触れたい。足は自ずと広場のマルシェに向かう。






数人の子供たちが駆けていく。バイオリンケースが目に留まった。音楽教室の帰りだろうか。声を掛けるが、ツンとして行ってしまう。どこぞのご令嬢か。子供仕様のバイオリンを持っていたことにも驚いたが、着ている洋服からも他の子達とは違っていた。他の子達は取り巻きのようにも思え、非常に分かりやすく、どこの国でも地域でも、人間の営みとは同じようなものだと笑ってしまう。




広場には老若女女、、、茣蓙を敷くもの、小さな机の上を出すものそれぞれだが、皆が乾燥した草、花、豆、芋などを、あるものは大きな袋に、あるものは小さな袋に、各自それぞれに商いをしていた。ヒトデの感想と思わしきものもある。バッタ達は夏のブルターニュでいつでも見ていると、あんまり関心を示さずに、どこかに散ってしまう。






母が赤色の殻のピーナツを見つける。どうやら台湾に住む妹の旦那の父上が、母に特別に贈ってくれるらしく、最高の味わいと言っていたが、ペルーのプカラ産だったとは!と驚いている。台湾からのピーナツがプカラ産かどうかは怪しいが、確かに目の前の赤色の殻のピーナツはこの地のものだろう。とはいうものの、ここの土地は赤みがかっているから、ここで採れた植物の殻も赤みがかっていているというのは、短絡的過ぎるか。






つい最初に目についた場所で一袋を買ってしまうが、奥に歩みを進めるとかなりの規模で豆を扱っている。一体これだけの量をマーケットに出しておく必要があるのだろうか。一日でどれだけの量が売られ、どれだけの日数で回転するのだろうか。







後日談となるが、フランスに戻って真っ先にスーツケースから取り出して味見。
野ざらしになっていて、湿気ったりしないのかしら。新鮮度はどうかしら。
そう母が心配した通り、ソラマメは硬くて湿気っていた。味見をさせてもらえば良かったと思うものの、堅いなりに豆は味がしっかりとしていて齧っていれば旨味がどんどん出てきた。ピーナツに至っては粒も大きくて最高だった。


ここで末娘バッタが色とりどりの小さな牛の形をした瀬戸物をゲット。色によって意味があるという。確か台湾でも山岳民族のお守りが、色によって意味があると言っていたな、と思い出す。三つだと割安にしてくれるんだって、と勇んで女主人にお金を渡す。戻って来たコインを見て、不満そう。しっかりと払うべき値段を伝え、お釣りの額を言うと、女主人は、あら、そう、と慌てた様子も悪びれた様子も見せずに、淡々とコインを追加する。我が娘ながら天晴れ。

彼女が商売に向いているのでは、と思う場面が他にもある。値段の交渉をしっかりとするのである。相手が、「マダム、ベイビーアルパカ。」というので、私が、だから値が張るのね、などと思うものなら、すかさず「ママ、ちゃんと見て!ただのウール。」と来る。

小さな牛の形のお守り。一つは今回一緒に来れなかった丑年の長女バッタへのお土産だという。せっかくだから、色んな色のものを沢山買って皆にお土産に、とも思うが、末娘バッタが必死に選んだ三つ。プカラの良い思い出になるだろう。




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2017年8月13日日曜日

標高4335mで出会った笑顔




ペルー紀行
第一話 インカの末裔       第十一話 パチャママに感謝して
第二話 マチュピチュを目指して  第十二話 標高3400mでのピスコサワー
第三話 真っ暗闇の車窓      第十三話 アンデスのシスティーナ礼拝堂    
第四話 静かな声の男       第十四話 クスコ教員ストライキ
第五話 さあ、いざ行かん     第十五話 高く聳えるビラコチャ神殿
第六話 空中の楼閣を天空から俯瞰
第七話 再び、静かな声の男登場
第八話 インポッシブルミッション
第九話 星降る夜
第十話 インカの帝都









バスの一行は、遅めの昼食を2フロアがオープンスペースの、がらんとした大食堂を貸し切り状態で楽しんだ。教員デモの影響で遅れるとでも連絡が入っていたのだろうか。準備万端でサービスの女性も数名立っている。ビュッフェ形式。

しかし、これだけの大きさで、収容キャパはすごいだろう。ここが満員となることはあるのだろうか。学校の学習旅行でも受け入れるのだろうか。一体どこが資本を出したのか。ビジネスモデルは?ペイするのか?7月でこの様子なのだから、雨季は一体どうなのだろうか。余計なことを考えてしまった。と、
「おお、ここには日本がない!」
末娘バッタが相変わらずの素っ頓狂な大声を出す。大きな壁には図入りのペルーの歴史年表と一緒に世界地図が掲示されていた。何を今更。良くあることではないか。まあ確かに、この地では多くの日系人が活躍しており、大統領さえ輩出されているのだから、日本が世界地図にないのは残念なこと。

しかし、彼女の日本人としての精神がそう言わしめたのかと思うと、まんざらでもない。

この食堂の入り口には、マチュピチュにも沢山咲いていて、ガイドのユゴーが教えてくれたペルーの国花カンツータが燦燦と輝く太陽のもとでピンクの色をきらめかせていた。





そして、ラ・ラヤ(La Raya)峠。クスコとプーノの州境にあり、標高4335m。




5000m級の雪を抱く山頂がまばゆい。富士山頂を大きく超える高さに立っているのかと思うと感慨もひとしお。絶景。




こんな場所にも、鮮やかな色の織物を売る店が出ていて、リャマを引き、羊の赤ちゃんを抱いた民族衣装の女性がにこやかに観光客を待っている。近付けば、当然お金を要求されるだろうし、観光客には変わりはないものの、そんな初心な観光客はしたくなかった。
クスコでは初日に末娘バッタがリャマを引いた女性陣に囲まれ大喜びで写真に納まっていたが、彼女のナイーブさを微笑ましく思いながらも、一線の距離を置き、キャーキャー騒ぐ観光客と自分は違うというスタイルを貫いていた。







しかし、シナモン色の肌をした女性は、アンデスの女そのもののイメージだったし、幼い男の子がリャマと遊びたがって、隣にいたことからも、それとなく近くで見守っていたところ、バスの運転手が近寄ってきて、女性が抱いていた羊の赤ちゃんに顔を埋め、親し気に話を始めた。その自然さに、自分の愚かな虚栄心を恥じる。






人と人との出会い。女性の笑顔が眩しい。






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2017年8月12日土曜日

高く聳えるビラコチャ神殿




ペルー紀行
     第一話 インカの末裔
     第二話 マチュピチュを目指して
     第三話 真っ暗闇の車窓    
     第四話 静かな声の男
     第五話 さあ、いざ行かん
     第六話 空中の楼閣を天空から俯瞰
     第七話 再び、静かな声の男登場
     第八話 インポッシブルミッション
     第九話 星降る夜
     第十話 インカの帝都
     第十一話 パチャママに感謝して
     第十二話 標高3400mでのピスコサワー
     第十三話 アンデスのシスティーナ礼拝堂
     第十四話 クスコ教員ストライキ







動き出したバスはすぐに停まった。どうやら、クスコの南東、約120kmの場所ににあるラクチ遺跡に着いたらしい。ここにはインカ帝国時代のビラコチャ神殿が残る。

民衆の間で創造主として崇拝されていたビラコチャ神を奉る神殿は、調べたところインカ帝国に二つあったらしい。一つのクスコの神殿はスペイン人が破壊し、石組みの土台の上に今ではカテドラルが威風堂々と建っている。例のアンデス流の「最後の晩餐」が飾られている場所。もう一つはここ、ラクチにある。全長約92m、横幅25.5m、高さ20mの巨大建築物だった。





恥ずかしいことに、マチュピチュ以外は勉強不足。いや、マチュピチュだって母のリクエストに応じるためにネットで検索し、漸くマチュピチュ遺跡というものがマチュピチュ山とワイナピチュ山に挟まれていることが分かった次第であった。

聳え立つ巨大な壁の連なりを目の当たりにし、圧倒されてしまう。なんて知らないことがこの世に多いことか。この遺跡の存在さえ知らずに、昨年の夏フィリピンに遊びに行った、高校時代の友人の旅行記に触発されて、余り深く考えもせずに旅行会社にリクエストしていたバスの旅だった。






穀物貯蔵庫を有することで、インカ帝国時代は、行政の機能を持っていたらしいと考えられている。神殿の一部として今残る大きな壁は、外壁ではなく主柱であったと言われている。下部がインカ帝国の代表的な石組みになっていて、上部が日干し煉瓦を積み上げ、泥で固めて作られている。

スペインによる侵略は16世紀半ばのこと。ピサロ勢力は、何故に半端な格好で神殿を破壊したのか。恐らく、歴史書には詳しく解説がなされているのだろう。キリスト教を普及させるためには、邪魔であったであろう神殿。侵略者はモノや土地だけでなく、その地に住まう人の信仰までをも奪い取ろうとする。

しかし、ピサロにしても、その最期は哀れではある。スペイン本国から支持を失い、インカ帝国の最後の皇帝を処刑したかどで死刑を宣告され、最終的には、クスコの領有権を巡って対立し、暗殺したスペイン人の仲間の一派にリマで暗殺されてしまう。力を付け過ぎたことでスペイン国王を始めとするスペイン本国の権力界からは見放されたのだろうか。埋葬されなかったピサロの遺体は今でもミイラとして残されているという。それでも、ユーロ導入前のスペインのペセタ紙幣にはピサロの肖像が使用されていたという。例のアンデス流の「最後の晩餐」では、裏切り者のユダの顔がピサロ。今のペルーはスペイン侵略の時代なくしては成り立たないが、それでもピサロを慕うものは少ないに違いない。






遠くを見渡すと、遺跡全体を取り囲むように城壁が見えた。

遺跡入り口の広場で遊んでいる子供達。決して観光客に媚びることもなく、無邪気に遊んでいて、その姿に嬉しくなってしまう。








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クスコの教員ストライキ




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     第二話 マチュピチュを目指して
     第三話 真っ暗闇の車窓    
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     第五話 さあ、いざ行かん
     第六話 空中の楼閣を天空から俯瞰
     第七話 再び、静かな声の男登場
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     第十三話 アンデスのシスティーナ礼拝堂








バッタ達は具合よく美味しい朝食にありつけて満足そうだったし、想像もしていなかった見応えのある教会見学をし、気持ち良くバスに揺られていた。母が日本から持ってきたガイドブックには、丁度このバス観光ツアーの特集が組まれていて、綺麗な写真入りで丁寧な解説がなされており、次に立ち寄る場所への簡単な知識を予め得ることができた。それによれば、そろそろ次の場所に着くのだろうか。






そう思いながら、車窓の景色を楽しむ。空は飽くまで青く澄んでいて、イメージしていたアンデスがそこにはあった。マチュピチュで最終列車になんとか乗り込めて良かった。運が良いというより、最後まで一緒にいてくれた旅行会社のアシスタントの男性が助けてくれたからこそ。名前も控えなかったし、彼がちぎって手渡してくれた電話番号の紙がどう探しても見当たらない。もう一度ポケットを探している時だった。信号などない道路の筈が、どうやらさっきからバスが動いていない。嫌な予感がした。


バスの後部座席にいた、サービス係りの女性が早足で運転席の方に移動している。スペイン語と英語で立て続けに同じ内容を早口で語る男性ガイドがマイクを持った。


内容を聞いて愕然。我々をマチュピチュで足止めにしようとした教員のデモ隊が、今度はクスコ、プーノ間の道路閉鎖を数ヶ所でしているという。どれぐらいの規模なのか、何ヶ所で実施されているのか、いつ解除されるのか、全く分からない、という。すぐにも解除されるかもしれない、一時間後かもしれない、と。


取り敢えず、バスはエンジンを切った。外をみると、誰もいない山道を我々一台が走っていたのかと錯覚していたようだ。延々と車の列が続いている。遠くに行かなければ、とのガイドの声で、数人が外に出る。情報収集を、との思いで、慌てて席を立つ。






オリャンタイタンボ駅から明け方に着いたクスコのホテルにあったペルーの地元の新聞を読んだが、教員のデモの話は一切載っていなかった。あの騒ぎがニュースにならないなんて。狐につままれたように思われた。それでも、その日、クスコのアルマス広場まで、比較的穏やかなデモ行進が行われたし、アジ演説が行われている様子を目にしていた。スピーカーを上手く使って、遠くからだと大勢なのかと思ったが、人数集めに苦戦しているように思われた。








しかし、どうやら確固たる効果が得られなかったのか、今度は別の観光ルートを狙って来るとは。ケチュア族のガイドの男性に、教員組合のデモ抗議について聞いてみる。延々と続く車の列の先を見つめながら、教員たちは間違っていない、という。警官の給与に比べ、彼等の給与は3分の1にしか過ぎない。教員たちは月に100ソレスの給与上昇を求めている。政府は教員に待遇改善をして然るべきである、と。

この国の混沌に触れた思いがした。抗議する教員、それを阻止する警官。力関係。教育は国力ではないか。それよりも、治安維持を優先してこなければならない歴史があったのだろう。

オリャンタイタンボ駅で夜中の2時まで毛布にくるまりながら待ってくれていた旅行会社のスタッフの女性も確か同じようなことを言っていた。教員によるデモ抗議の影響は困るが、彼等の要求は間違っていない、と。





それから、暫くしてバスは動き出すが、その後2回程停車を余儀なくされ、その度に規模が大きくなっている気がした。最後はバスの車体をどんどんと叩く人さえ出たほどであった。この影響でプーノへの到着時間は遅くなったし、途中での観光地点での時間も少なくなった。しかし、その程度で済んで良かったと思う。その後アレキパに行った時、アルマス広場で教員だけではない、鉱山の労働者、清掃者、看護師などが大勢でデモ行進をしている様子に出くわした。リマに向けてのフライトを午後に控えていただけに、それによる影響を思うと真っ青になったが、クスコのアルマス広場で感じた、ほのぼのさは微塵も感じられず、こちらは組合リーダーが大衆を扇動している様でもあり、大きなうねりが起きつつあることがビンビンと感じられた。






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