2017年7月4日火曜日

北の街









「明後日の晩、何か予定がある?」
「別にないわよ。」
「北の街に行くんだ。夕食でもどう?」
「喜んで。電車の時刻を見てみる。」

サイトで電車の時刻表を睨みながら、明後日は数ヶ月前から準備していた講演会があることに気が付く。どうするか。ひょっとしたら、相手は翌日もそこにいるのかもしれない。慌てる前に、予定を聞いてみる。

「その日だけだよ。」

「その日、行く予定をしていた講演会があるの。」
幹事とは名ばかりながら、当日は受付と会計を担当することになっていた。

それでも、北の街での夕食に気持ちはすっかり傾いている。ありえない、と思いつつも、関係者にお詫びのメールを書き、知り合いに受付と会計をお願いする。

会社から駅に駆け込むことになるだろうから、慌てないように事前にチケットを買って印刷をしておく。

当日、夕方携帯がなる。

まさか?
ちょっと緊張した声で受けると、のんびりとした明るい声が返ってくる。乗車券はもう買ってしまったか、と聞かれる。購入済みと言えば、キャンセルできるか、と聞いてくる。要領を得ない。一体どうしたのか。すると、思っていた以上に早く仕事が終わってしまったので、パリに戻るという。夕食はパリにしよう。

ちょっと待ってくれ。こちらはチケットを購入済み。しかし、誰もいない北の街に一人で行く気にはなれない。それなら、とキャンセル。30ユーロのキャンセル料を徴収されるが、60ユーロは戻ってくる。まあ、仕方ない。

深く考える間もなく、打ち合わせの時間となり、気が付いたら18時を回っている。そろそろパリに戻ってきた頃だろうか。レストランの予約はどうするのか。慌ててSMSを送ると、電話が入る。

「チケット、キャンセルしちゃったの?」
えっ?まさか?真っ青になる。
「ちょっと、どこにいるのよ。仕事が早く終わったからってパリに戻ってきているのじゃないの?」
「いや、あれから色々あって、まだこちらにいるよ。」

「何言っているのよ。それならそうと、早く言ってくれなきゃ。キャンセル料を支払ってチケットはキャンセルしたし、もしも電車に乗るにしても、もうオフィスを出ないと間に合わないわよ。これを逃すと、次の電車は22時にそちらに到着なのよ。」

信じられない思いを抑えつつ、打開策を必死で考える。待てよ。もしかしたら、本当に今ダッシュしたら、電車に乗れるかもしれない。

一方で、そこまで走って行って、乗り遅れた時の虚しさ。騙されたような、虚脱感を味わうことへの恐怖も覚える。

それでも、行こうか、と思う。
このところすっかり雨降りになり、猛暑はどこに行ったかと淋しく思っていたが、急に夏の日差しが空を明るくしている。

これで本当に間に合わなかったら諦めよう。
一瞬、さっさと諦めて、講演会に行くことも頭を過ぎる。それでも、足は駅に向かってダッシュしていた。

これは罠かと思う。試されているのか。いや、馬鹿にされているのか。

北の駅に着いてみれば、慌ててパリに戻っていた、となることも十分考えられた。

全くなんてお人好しなのか。大学生の頃、そう親しくない友達を二時間も駅で待っていたことを思い出す。そうして、その友達はちゃんと二時間遅れてやってきた。

馬鹿馬鹿しいと思いつつも、キャンセル料まで払ってキャンセルしたチケットを改めて正規料金で買う。あと5分。

こんな時に限って指定車両はプラットフォームの奥にある。それでも、吸い込まれるように車両に乗り込むと、電車は静かな音を立ててドアを閉め、出発。

間に合ったか。
車窓からの景色は真っ青な空がまぶしい。





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2017年7月2日日曜日

悪魔に魂を渡す










フランスに生まれ、フランスで育ちながら、母親が日本人というだけで、つまり、親のエゴで日本語学習をすることを余儀なくされてバッタ達。今年は、息子バッタがバカロレアの試験を受ける。

鋏が上手く使えないからと呼び出された日を思い出す。左利きなので、右利き用にできている鋏を使うことは、そう簡単ではなかったらしい。が、幼稚園の4歳幼児の時である。仕事をしている母親への偏見が学校側には大いにあったに違いない。せめて夜、家に帰ったら、お子さんと一緒に鋏を使ってあげてください、と真顔で言われた時には、面食らったもの。

ただ確かに、左利きであることのハンディは、右利きの人間が思っている以上あるらしい。鉛筆を使う縦書きノートは、当然汚く汚れるし、手も汚れてしまう。

バイオリンだけは、左指の力が違うので、弦を押さえる時に有利かと思ったが、どうやら弓を動かす右手こそ重要なので、左利きがバイオリンの演奏に有利なんてことはない、と中学時代の息子バッタに言われてしまっていた。

男女沢山の友達に囲まれ、毎年幾つもの誕生パーティーに呼ばれ、多くの友達を呼んで自分の誕生日を祝った日々。それが気が付くと、いつの間にか超硬派となり、必要以外のことを口にしなくなり、バイオリンこそ恐らく親の執念で続けたが、あんなに大好きだったサッカーを止めてしまった年もあり、ティーンの辛さ、悩みを一身に負っているような時もあった。

最終学年の時には、笑顔が戻り、サッカーも復活。お国柄、この歳にもなるとパーティーで煙草、ドラッグ、アルコールは当たり前。それを忌み嫌ってクラス会や学年のパーティーにはちっとも参加をしなくなった息子バッタも、同じ波長の仲間が出来たらしく、彼等とは映画だ、バスケだ、サッカーだ、と遊びに出掛けるようになっていた。高校最後の日には、友達が4人ぐらい泊りに来て、サロンを占領されてしまったが、ドライだとばかり思っていた息子バッタが仲間と楽しそうにしている様子を、心から嬉しく思った。

いつ、日本語学習を放棄してもおかしくない環境だったが、遂に、一般のフランス人はおろか、日本の教育界でも、その存在さえ余り知られていないであろう、一般バカロレアでも、オプションアンテルナショナルの日本語選択という、厳しい試験を敢えて受験。今は、その結果を待つのみ。

このディプロムを得たことで、今後フランスで高等教育を学んで行こうとする息子バッタにとり、何か有利なことはあるのか、と問われれば、実は回答に窮するところ。二年前にやはり同じ試験を受けた長女バッタにとっても、同じ。彼女も日本に進学をしたわけではない。理数系の彼らにとり、最終学年でも人文学の科目を習得し、文学の分析に時間を費やし、科目の配点比重も高いとなれば、この選択は足枷になるとも言えよう。それでも、長女バッタは、このディプロムを得たことを誇りに思う、と嬉しそうに語ってくれていた。

社会の口頭試問の前日、何でも質問をしてくれと言われ、現代日本の抱える問題点を5つ挙げよ、との私の質問に対しての彼の回答にあまりに度胆を抜かれたので、無事に取り敢えず試験が終わってほっとしている。

少子・高齢化問題、エネルギー自給率の低さ、拡大する社会格差、四つ目に何を言ったのか、忘れてしまったが、五つ目に、日本国憲法第9条、平和主義、を挙げた時にはつんのめってしまった。この憲法により日本は自衛隊しかなく、自国の戦力を持てないことで、アメリカの軍事力に依存せざるを得ない構造になっている。これは一国の統治能力欠如の問題につながる。うんぬん。

待ったぁ!こんな政治的に微妙な内容を、試験官がいかにニュートラルであることが求められるとは言え、どのような思想をお持ちなのかも分からない中、日仏ハーフの高校生が発言することで、どんな評価を得るのか。

試験官も人の子。その方の心証を悪くするようなことは、できるだけ避けるに越したことはない。そんな計算を、息子バッタが受け入れるはずもなく、自分の意見のどこがおかしいのか、と仏頂面。

高校時代、先に受験をした兄が、大学入試とは、悪魔に魂を渡すことなんだよ、と囁いたことを思い出す。特にしっかりとした自己主張があったわけでもない当時の私には、兄が何を言っているのか、本当のところは分からなかった。兄が何を苦しんでいるのかも慮ることができなかった。今なら分かる。つまり、回答内容にたとえ自分が合意していなくても、その答えを求められているのであれば、あえて、自分の意思をも曲げてでも伝えることが、試験を突破する鍵なのである。

もしかすると、兄と息子バッタは通じるところがあるのかもしれない。いつか、兄から息子バッタに話をしてもらえる機会があればいいが、男同士、そう話が弾む様子でもない。自然に任せるしかあるまい。機会とは、思わぬ時に訪れるものなのだから。

取り敢えずは、ヒロヒトなどと決して呼び捨てにせず、せめて昭和天皇と言うようにとアドバイスをし、他の質問に移った。

そもそも、フランスの国家試験であるバカロレアをフランスで教育を受けたわけでもない日本人の教師が試験官を務めることに無理があるのかもしれないとの思いが過る。が、ここは、余り大事にせず、そんな質問を息子バッタが受けないことを祈るしかあるまい。彼の得意なグローバリゼーション、中東の問題、世界の格差問題、あたりがテーマとなってくれることを願った。

翌日、彼があたったテーマは日本の民主化。おっと、おっと。一体どんなプレゼンをし、質疑応答とになったのか。

かくして、高校時代最後の試験は終了。時は容赦なく過ぎてゆく。母の役割は益々なくなっていく。






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2017年6月29日木曜日

朝の一杯








オフィスに置いておいた烏龍茶の葉がなくなって数日。我が家の食品庫に寝ていた袋に詰まったお茶を持参する。お茶の缶に移す時、茶葉がしっかりとしていて、長いことに、やや違和感を覚える。ただ、これまで飲んでいたお茶の葉は一枚が丸く粒になっていて、最高級と聞いていた。なので、今回もまた特殊なお茶なのに違いないと、あまり深く考えずに数枚、いや、数本をポットに入れる。

熱湯を入れて数分。一口飲んでみると、まずくはないが、お茶というよりも微妙な味わいがする。それでも、既に仕事を始めていたし、取り掛かっていることに熱中していたので、それ以上考えずに、淡々とお茶を飲みながら仕事を継続していた。

ふと、ポットのお茶がなくなると、また新たに熱湯を継ぎ足しても美味しいのが烏龍茶の特徴。二回目の方が美味しいというから、こんなうれしいことはない。さて、熱湯を継ぎ足そうかとポットを覗いてぎょっとする。茶葉が細長く葉の形をすっかりと見せているわけではない。葉の形もなく、一本の太い茎が何本もくったりと積まれている。

その時、漸く、昨年母が日本からお土産と手渡してくれた干しぜんまいの袋を思い出す。
まさか!
一本手にして味わってみる。紛れもないぜんまい。

オフィスにあったお醤油をちょっと掛けて、朝から山菜を楽しむ。
干したぜんまいは、一度火を通さなくてもいいのかしらと思いながらも、久々にのんびりとした朝の時間となる。





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2017年6月25日日曜日

カルダモンの香り








ある朝、時間を確認しようと携帯を見るとユーチューブでお勧めの番組が流れ始める。恐らく、適当に指が勝手に指示してしまったのだろう。普通ならすぐに消すところ、料理の手順であったことから、食い入るように見入ってしまう。

質素なキッチンには素材しか置いていない。紹介者は一言も発せず、テロップで簡単に材料が示される。英語と日本語。英語の番組に和訳を入れたのだろうか。ひよこ豆の袋を切って、水につけるところから場面は始まる。

ガラス瓶に入った沢山の香辛料。その中から、干した赤唐辛子を取り出し、数個枝から切り落とす。丁寧に種をとったものを小さなブレンダーに入れる。

それから、クローブを数個。小さなコリアンダーの粒を幾つか。カルダモンを3、4粒。そして、塩、粒コショウ。フェヌグリークの粒を小さじ1、パプリカをたっぷりと。これを撹拌。その後、ナツメグを半分ぐらい削り入れる。

香辛料の香りが、携帯の小さな画面を通して伝わってくる。

中学の頃は、シルクロードの意味が本当に分からなかった。コロンブスやマゼランが新世界を発見するに至った背景を。

今なら、分かる。鮮やかな色彩、香り、そして辛味。素材の持つ旨味を更に引き立ててくれる。ナツメグの実を削り始めると、高貴さがぱっと香り立つ。カルダモンの実を細かく砕くと、爽やかな香りが発散される。唐辛子の辛味は、僅かであっても、効果は抜群。辛さは真っ先に舌を襲うが、その後別の香りや味わいが続き、一品がもたらす味に深みを出してくれる。

さて、ひよこ豆を圧力鍋で5分程で炊き上げている間に、向日葵の種をフライパンで香ばしく煎る。ブレンダーで細かい粉にし、そこに柔らかくなったひよこ豆を入れ、レモンのゼストを削り入れる。絞り汁も入れる。ちゃんと茶こしを使っているところが憎い。青唐辛子の酢漬けを一つ入れ、塩、先程別途作った香辛料をちょっぴり、オリーブオイル、刻みニンニクを二片入れ、全てを撹拌。必要あれば水を入れて柔らかさを調整。そして、フムスの出来上がり!

勿論、直ぐに実行。

我が家にはフェヌグリークや青唐辛子の酢漬けなんてない。向日葵の種もカボチャの種を使おう。我が家の月桂樹も使おうではないか。

コリアンダーとカルダモンの粒を月桂樹と一緒に細かくしていると、爽やかで快活なパワーあふれる香りが満ちてくる。あまりの幸せ感に眩暈を覚える程。

自家製フムスの味に思わず微笑む。どうも病み付きになりそう。





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2017年6月24日土曜日

薔薇の棘








太陽の恵みによって、我が家の庭は今年も薔薇が咲き誇っている。友人宅に呼ばれると、庭に出てブーケを作り、それを持って行く贅沢さ。濃厚な緑の葉の月桂樹は純白の薔薇に映える。可憐なピンクの薔薇も愛らしい。

先週の土曜も、近所の友人に呼ばれて、薔薇のブーケを作って持って行った。どうやらその時に薔薇の棘が刺さったらしい。ボールペンを持つと右手の人差し指が痛くて、きちんと握れないことに気が付いた。良く見ると確かに小さな細い茶色い筋が見える。取ろうとしたが何せ右手の指に刺さった棘。左手で取るしかない。上手くいかないので、これぐらい小さい棘なら、放って置いても大丈夫だろうとそのままにしていた。

ところが、金曜の夜になっても一向に状況は変わらない。相変わらずボールペンを持つと痛くてきちんと握れない。最近はキーボードを叩くことが多く、滅多にペンは握らないが、さすがに何とかしないと、と思い始める。

いつもなら、末娘バッタにお願いするところだが、彼女は日本。息子バッタを頼るしかあるまい。嫌だよ、と断られるかと思ったが、意外にあっさりと見てくれて拍子抜けする。短く切って何の役にも立たない爪をどうにか使って抜こうとしてくれる。しかし、日が経っているからか、棘は一向に出てこない。爪切りや刺抜きを使うが、ちっとも効果なし。そこで、針を使って皮をむく作戦とする。消毒をしないと、とオキシドールで針を消毒。一体効果の程は分からないが、ここは任せるしかない。

数分間奮闘の結果、漸く茶色い細い筋が外に出てくる。そこを刺抜きで引き抜く。全部抜けたのか、残っているのか分かりにくいが、指を合わせても、もう前の様な痛さはなくなっていた。

あんな小さくて細い筋のような棘でも、しつこく痛みをもたらすとは驚きである。しかも、数日たっても、棘がそこに残っている限りにおいて、痛みはいつまでもついてくる。

息子バッタに棘を抜いてもらいながら、彼もこの夏が終われば、この家を出て行くのだなとの思いが過り、何かと感慨深い一時となる。







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2017年6月23日金曜日

トウモロコシのお人形







一人で一足先にバカンスに入り、日本にいる末娘バッタから、家族全員のグループメッセージに写真がポストされる。

黄緑色でふっくらとした、いかにももぎたて感満載のトウモロコシ。
コメントに一言、「12本!」

さすが田舎は羨ましい。
こちらではトウモロコシなんて滅多に口にできない。どうも家畜の飼料としか見なされていないらしく、日本にあるインスタントのコーンスープも、こちらでは売っていない。日本や台湾に遊びに行った帰りに、必ず買って帰る食料品の一つがコーンスープ。ましてや、ひげが立派にふっさりとついている皮をまとった生のトウモロコシなどお目に掛かることは滅多にない。夏に熱々に茹で上がったところに塩をぱっと振って、ぷつんと口の中で弾けさせながら頬張るトウモロコシの美味しさと言ったら!

と、ロッテルダムにいる長女バッタが 目をハートマークにさせながら、「お人形作って写真送ってえ」とリクエスト。

末娘バッタが、「お人形?」と聞いている。
「トウモロコシの!」と、長女バッタ。

ふっと胸が熱くなる。
きっと幼いバッタ達が夏日本に遊びに行っている間、母が彼らにトウモロコシ人形を作ってあげたに違いない。末娘バッタは、記憶に残っていないぐらい未だ幼く、長女バッタにとっては、大好きなトウモロコシと一緒に思い出す程、心に残る思い出だったのに違いない。

幼いバッタ達を日本に連れて行っては、母にお願いをして面倒を見てもらっていた記憶がよみがえる。体験入学といっては、地元の幼稚園、保育園にお世話になっていた。バッタ達は小学校、そして、中学まで喜んで通っていた。

中学一年の時に、憧れの部活に入り、大好きなサッカーをするはずだった息子バッタが、どうして先輩だからといって、一緒に準備や掃除もしないで偉そうにするのかが分からない、とショックを受け、翌年からは体験入学に行かなくなってしまっていた。末娘バッタだけは、一人でも喜んで小学校に通っていたが、何が理由だったのか今では思い出せないが、中学時代は一度も日本で夏を過ごすことがなかった。


末娘バッタは日本の高校に通うことを夢見ていた。一時は一年間の留学をしたいと考えていたほど。今年の夏、日本の友達にお願いをして、彼女の通っている高校に体験入学をさせていただいた。流石に義務教育課程ではないからか、期間も二日のみ。体育、部活、全て見学。制服も同校の生徒ではないから、着用不可。なんとも、いやはや。しかし、本人は友達と一緒に通えたこともあってか、とても楽しかったらしい。受け入れていただけるだけでも感謝しなければなるまい。また、その間、泊めていただき、毎日お弁当を作ってくださった、お友達のお母様にも感謝の気持ちでいっぱいである。

そして、東京の俄か高校生は、田舎に帰り、今度は祖母の経営する会社で研修中。どうやら毎朝制服を着て通っているらしい。週末に電話を入れて様子を聞いてみないことには詳細は分からない。何せ、送ってくるメッセージはトウモロコシ、サンマ、インゲン、トマト、お豆腐、といった食べ物中心なのだから。

今年は一人で祖母のもとにいる末娘バッタ。トウモロコシ人形を作ってもらうには、もう大きくなってしまっているだろう。彼女のことだから、自分でネットで検索し、作っているかもしれない。

明日、朝、電話を入れよう。トウモロコシのような、ぷっつりとした元気の良い声が返ってくるだろう。





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2017年6月20日火曜日

隠されたメッセージ








お久しぶりです、とメールが舞い込む。

差出人は、二年前に持ち家も売って、家族で異国の地に移住していった友人の年若い奥様。

慣れない異国の地での生活が最初は大変だったこと、探したけれど仕事がなくて、今は語学学校に通っていること、それでも子供達はすっかり現地の学校に慣れて楽しんでいること、好きなピアノを自己流だが続けていること、旦那は相変わらず忙しくても充実した生活を送っていること、などなど。

詳細に渡り、とても丁寧に近況が綴られている。彼女に会ったことは、恐らく数回程度。二度ほどご家庭に夕食に呼ばれている。けれども、いつも大勢だし、直接の知り合いは旦那の方なので、特にこれといって話すことはなかった。

いや、そんなことはないか。記憶を掘り起こしてみれば、女性同士の集まりで何度も会っているし、子供の教育のことでも、何度もメールの交換をしている。いやはや、記憶とは全く自分に都合が良いようにできているらしい。

ただ、引っ越していく前の二年間ぐらいは、ほとんど会う機会もなかったので、やはり四年ぶりと言ってもいいか。

とにかく、その彼女からのメールに、旦那の近況を伝える場所で、今彼がパリに出張に行っていること、その後、東欧に出張し、戻ってきたら、息子のサッカーの遠征試合に家族一緒に行くこと、が書いてあった。

そうか。

もしかしたら、彼女は全く気にしないで、本当に純粋に近況を伝えたかったのかもしれない。しかし、穿った見方をすれば、牽制とはとれまいか。

ただ、たとえそれが牽制の意味合いを持ったメッセージだとしても、実は彼女が思ってもいない、別の効果をもたらしたことは、彼女自身気が付かなかっただろう。

それは、他ならぬ彼からのメッセージ。

彼の真剣な思いが伝わってきて、真面目な彼らしいと微笑んでしまう。

男女の友情とは、時に危うい。だから、貴重で尊い。






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2017年6月19日月曜日

初夏を迎え








早朝、小鳥たちのさえずりを耳にし、緑の小径を歩みながら、ふと心に思いが過る。そして、思い始めたら、今までのことが嘘のように、無性に恋しくなる。書く、という行為が。

時間がないのではなく、時間を作ってこなかった。

それが突然、書こう、と思い立つ。

この夏、20年前ぶりに日本に戻るという友人から、一袋ずっしりと単行本をもらっていた。その中に安倍公房の「密会」と「砂の女」を見つけ、この週末、貪るように読んだ。しかし、さすがにだから、でもないだろう。

青空を仰ぎながら、にんまりとする。






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2017年3月5日日曜日

雲丹とラングスティーヌ


ちょっとしたつまらないことで、末娘バッタと喧嘩をしていた。
多感な15歳。
母親の言うことばかりも聞いていられない年頃。
だからと言って、そうですか、と引き下がる親でもない。

当然、がっちんこ、ぶつかり合う。

毎日の夕食は末娘バッタが担当してくれている。
いつもは遅く帰っても食卓に準備が出来ていて、温め直してくれたり、ちょこちょこっとお肉を焼いてくれたりと、かいがいしい。
私が夕食を終えるまで食卓に一緒に座って、ぺちゃくちゃと賑やかに一日の出来事を色々と話してくれる。

ところが、がちんこ、の日にはひっそり。
どこで息をしているのかも分からない程。

あまりに疲れていて、食後も別の仕事が待っている時には、
彼女の存在を確かめることなどせず、
一人寡黙に冷たい夕食を終える。

負のスパイラル。

お互いに手を伸ばすこともせず、
関係が冷え込む。


そんな時、会社で、生きて動いている雲丹とぴちぴちと元気な海老、ラングスティーヌをお土産にもらう。






大きな馬糞雲丹。カタカナでバフンとしないと、申し訳ない程立派な雲丹様。
棘がちらちらと動いている。







ラングスティーヌは立派な鋏を動かして襲い掛かってくる勢い。


転がるように家路を急ぐ。
途中メッセージを入れるが、息子バッタからのんびりと返事がくる。どうやら、もうご飯は食べてしまった様子。雲丹とラングスティーヌの写真を送って、とにかく白米を炊いておくようにお願いする。


大声で帰宅を告げるが、ひっそり閑。
息子バッタは、案の定一人ごろ太をしている。末娘バッタは何処?

サロンは真っ暗。食卓は圧力鍋にご飯が炊いてあるが、誰もいない。書斎にも人影はない。一階と二階のトイレを確認するが、誰もいない。

まさか。
ベッドで蒲団を被っている塊を発見。

おおっ!
雲丹とラングスティーヌを持って帰ったよ!どうした?具合が悪いの?疲れたの?寝てしまったの?

むっくりと起き上がり、何も言わずに抱きしめられる。
すっかりと大きくなった彼女に窒息しそうに抱きしめられると、こちらが子供の様に感じてしまう。

さあ、とにかく見てよ!すごいんだから。

こうして、寝ていた筈の末娘バッタは起き出し、二度目の夕食を母親と一緒に囲む。


雲丹さま、ラングスティーヌさま。感謝いたします。

バッタ達との貴重な時間。感動を分かち合う。
美味しい食材のありがたさをしみじみと思う。
もとい、
家族のありがたさをしみじみと思う。










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2017年2月28日火曜日

夜のしじま








いつだって丁寧に、手抜きせずに生きてきた気がする。
常にベストの選択だと思って、
たとえそれが思い込みだとしても、その時点でのベストを選んできた。

振り返ってみて、何を構築してきたのだろうと唖然とする。

いや、人生とは何かを構築する過程ではないのかもしれない。
畢竟、死ぬときは、この世のものは何一つ持って行けない。


ただ、確かにここ3年は、考えることを恐れるかのように、考える時間がない程、時間に追われた生活をしてきてしまっている。

心の傷を癒すには必要な過程だったと認めざるをえまい。

漸く、立ち止まり、考える心の余裕が持てるようになったが、既に首までどっぷり浸かってしまい、時間に追いかけられる生活は変わっていない。


さて、どうするかな。

少しずつ形になっていく思いがある。
あとは、どの段階で覚悟し実行するか、か。

目を閉じて、夜のしじまに耳を傾ける。







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2017年2月26日日曜日

リクエスト







末娘バッタがチリコンカーネが食べたいと言う。


彼女のふっくらとした唇から、そんなリクエストが出てしまうと、そんな準備もしていないのに、不思議なくらい全て材料が揃ってしまう。

キドニービーンズが一袋、食糧庫の奥に転がっていた。

先ずは圧力鍋で、乾燥させた庭の月桂樹の葉と一緒にキドニービーンズをしっかりと炊き込む。

ベーコンとニンニクをカリカリに炒め、玉ねぎのみじん切りをしんなりと黄金色になるぐらい炒める。

大きな中華鍋でゆっくりとゴトゴトと全ての材料を混ぜ煮込む。ドライトマト、トマトソース、ハーブ。思いつくものを入れて更に煮込む。


これまで全戦無敗の強豪チームに1対0で勝利し、好機嫌で帰宅した息子バッタが、鼻をひくひくとさせ、美味しそう!と大騒ぎ。


かわいい子等よ。

ほうれん草のサラダにたっぷりとチリコンカーネを掛ける。
ヘルシーなこと、この上なし。

二杯も大皿にお代わりをして、身動きがとれなくなった狼のような息子バッタ。
満足気に、こちらもどってんとしている末娘バッタ。

さあ、明日はそのかわいい唇から、どんなリクエストが出てくるだろう。







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2017年2月25日土曜日

未だ答えの出ない問い掛け










こうして、また春が来てしまった。
クロッカスがぱっと鮮やかに咲き出し、水仙が黄緑色の細長い蕾を膨らませ始める。
暗いうちから鳥たちは囀り、すっかり枯れてしまったと思っていた木々の先から新芽が色付いている。


結論を出せずに、追い掛けられるかのように日々は過ぎていく。


シナリオ通りに人生はいかないし、シナリオ通りの人生なんてつまらない。

幸せとは自分の手でつかみ取り、自分の心で感じるもの。
そう信じているし、バッタ達にはそうやって教えてきた。


高校一年の時の留学先オーストラリアで、ホストファミリーの父、ジョンから、「Be happy!」と何度も言われ続けた。生意気にも、人生とはそんな単純な筈がない。辛いことがあって、それを克服してこそ幸せが待っている、なんて反抗したものだ。本当にあの時は分からなかった。努力、辛抱、といった概念が全くない世界なんてありえないと思った。

そう、確かに、そんな世界はありえない。捉え方の問題。そして、「Happy」であることは人間として最も大切な、いわば基本的人権。


今でもジョンは言ってくれる。何かあったらオーストラリアにおいでよ。好きなだけいればいい。仕事だって、きっと見つかるよ。子供たちに日本語を教えればいい。確か数学が得意だったよね。数学も教えられるじゃないか。なんでもできるよ。とにかくおいでよ。

そうジョンが言ってくれるから、他の地でも頑張っていける。


焦らずにゆっくりと答えを出そう。


クロッカスたちは、おしゃべりに夢中でちっとも相談に乗ってくれそうににない。













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2017年2月19日日曜日

季節が巡って









そろそろ季節だろうか。
この時期を逃したら、また一年待たねばならない。急ぎ足になる。

逸る気持ちを抑えつけ、慎重に一つ一つ籠の中を確認。

香りがこちらまで伝わりそうな青々としたセロリ、泥のついた人参、形の違う不揃いのじゃがいも、瑞々しい生姜。

緑の小粒のライム、どこまで黄色いキュートな形のレモン。

どきん、と胸が大きく鳴る。

おっ!
濃い山吹色の、つんとしたとんがりがユニークな、レモンにしては丸く小さく、ライムにしては大きめの、ベルガモットレモンが山積みになっている。

思わず一つ手に取ると、独特の高貴な香りがぱっとあたりを舞う。

迷わずに紙袋に、黄金の粒を入れる。出会いは貴重。手にしたら戻さないことを信条としていることから、非常に慎重に気合いを入れて選び出す。

土曜はいつになく春の様な暖かな日となり、太陽が柔らかな日差しを投げかける車道をのんびりと進めば、助手席に置いた紙袋から幸せの香りが立ち込める。

一度もお会いしたことはないけれど、ラロシェルできっと今頃、ベルガモットを手にし、幸せな笑顔が溢れるキッチンを美味しい香りで満たしているであろう、密かに敬愛してやまない Fleur de sel さんのことを思う。お元気かしら。



さあ、先ず何を作ろうか。


リラックス効果があるという、幸せな思いに浸れるベルガモットの香りで、マドレーヌを焼こう。

ロッテルダムの長女バッタに食べさせてあげたい。

最近、更に昇進し、忙しさが一層増したマンゴの木が生い茂る彼の地で奮闘する彼にも持って行ってあげたい。

早く会いたい、という「早く」という形容詞は、実は曲者で、時間軸の捉え方は人によって違うし、時に、希望を表現するだけで、実現に結びつくわけでは決してないということを教えてくれた友人のことも、思う。雪深い彼の地で元気にしているだろうか。ベルガモットの爽やかな香りを届けたい。

とにかく忙しくしている者同士、相手を思いやる余裕などなく、このところすれ違いが多く、声掛け合うことさえ少なくなってしまっている大切な友人のことを思う。バターの豊かな香りとベルガモットの格調高い香りが、優しく心を包み、やわらかな笑みが顔中に広がるに違いない。

こんなに美味しいマドレーヌは初めて、と恥ずかしそうに告げてくれた長女バッタの友達のことも思う。レモンが入っているのですね!と嬉しそうにしていた。ベルガモットの香りも味わって欲しい。








春の日は限りなく優しく、ベルガモットの香りはますます穏やか。








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2017年2月14日火曜日

大豆を煎る










どこにでもありそうなのに、ないものって、少なくない。
たとえば、コーンスープ。

バッタ達が大好きなコーンスープ。日本ではクノールの美味しい粉末のインスタントがスーパーならどこにでも売っているのに、フランスにはない。そもそも、トウモロコシとは、家畜の餌。

だから、夏に茹でると美味しいトウモロコシもマルシェにはない。

最近、八百屋で見かけるようにはなったが、一般的ではない。



そして、大豆。

あれだけ身体に良いとメディアでももてはやされているのに、大豆そのものが売っていない。大豆ミルクもとい豆乳はロングライフものが販売されている程度。

新鮮な手作り豆乳を、なんて日本の母が張り切って作ってくれようとしても、大豆がスーパーにも八百屋にも、自然食料品店にもないのだから困ってしまう。納豆を作っている方がいるので、恐らくどこかでは手に入るのだろう。日本食料品店だろうか。一般的ではないことは確か。

それがどうしたことだろう。
ロッテルダムの長女バッタが良く行くスーパーチェーンに大きな大豆の袋を発見する。
丁度豆まきの時期。迷わずに買い物かごに入れる。

長女バッタがこちらを見て、笑っている。

ふと、手が止まる。

そうか。この子の口には入らないのか。

大きな袋に大量に大豆が入っているので、少し彼女に残して行こうか。
大豆はオーブンかフライパンで煎れば香ばしい美味しい豆がすぐにできる。
簡単だよ、と教えてあげても、さて、彼女は作るだろうか。

なんだか切なくなる。

「ママ、フランスにはないんだから、全部持って行ってよ。私はここで買えばいいんだもの。」

そう長女バッタは言う。


そうしてロッテルダムから持ってきた大豆。
水に浸してふやかしてから、オーブンで煎る。
しばらくすると、キッチンが何とも言えない香ばしさに満ち溢れる。

かりりと齧れば、控えめな甘さが口いっぱいに広がる。

食べさせてあげたいな。

彼女も、いつか大豆をオーブンで煎りながら、幼い時の豆まきに思いを馳せることもあるだろうか。

さあ福茶を頂こう。










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2017年2月12日日曜日

願い









寮の屋上から見える夜景。
そして、部屋から見える外の景色。







大学の学部棟の入り口にあるロッテルダムの地図。







そしてキャンパスの池で泳ぐ白鳥。





いつか、彼女が白鳥となって飛び立つ日が来るのか。





初心忘るべからず

臥薪嘗胆




どうか、自然よ、大地よ、ロッテルダムの空よ、
我が娘を守り給え。

月よ、
一人の夜を青白く照らし、優しく包み込み給え。

太陽よ、
緑の黒髪に燦燦と降り注ぎ、力強く抱擁し給え。







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2017年2月4日土曜日

カモメの鳴く街







街が漸く動き始め
新しい顔を見せてくれる。

初めての街。

ここで長女バッタが孤軍奮闘しているのかと思うと感慨も深い。

カモメの鳴き声?

思ったより海が近いのか。

彼女の生活圏に触れ、
彼女の日常を味わい、
しっかりと抱きしめてあげたい。

静かな興奮に包まれる。





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2017年1月31日火曜日

本当の原因









朝から歯茎がしくしくしていた。夕方には噛むことも一苦労になり、スープでさえ呑み込めない状態に。夜はずきんずきんと痛みが激しくなり、眠れなかった。

翌朝、痛む範囲が広がり、しゃべることも億劫になりながらも出社。取り敢えず、どうしてもやるべき事を片付け、漸く開店した薬局に飛び込む。痛み止めをもらい、近所のお薦めの歯科医を教えてもらう。

しかし、何度電話をしても応答なし。医者だけは適当に選んではなるまいと思うが、背に腹は代えられない。最近はネットで予約可能な医者のポータルサイトがある。予約可能な時間帯が明示され、住所をクリックすれば、地図が現れる。医者の顔写真入り。歯医者は技術革新が目覚ましい分野であろう。なるべく若そうな、優秀な技術者の面影も備えた人物を選びたいところだが、経験も必要であろう。それより、今、すぐに診てもらえることが最優先事項か。

そうやって選んだ歯科医に12時半に飛んで行く。これまで、歯医者の待合室と言えばクラシック音楽が流れている広大なサロンが多かったが、ドアを開けるといきなり、小さな空間が現れ、そこに三つほど、簡素な椅子が置いてあった。ランチの時間だったのだろうか。香辛料の強い匂いが漂っている。一瞬、迷った。が、とにかく痛いので、椅子に腰を下ろした。

アラブ系のすらっとした50代の女性が入ってくる。さあ、どうぞ、と通された治療室には若い黒人女性のアシスタントがマスクをかけて待っていた。椅子に座り、歯を開けるや、二人が早口でまくしたて始めた。

「これは酷いわね。」「ちょっと、見てよ。」「もうだめね。」「麻酔は?」「必要ないわよ。」「とにかく下の歯からいくわよ。」

おおっ!待って!痛い、痛い、痛い!!!

真っ青になったり、真っ赤になったり、手を挙げて痛みを表明したり、大騒ぎ。

すると、「このままだったら、歯が全部抜け落ちちゃいますよ。一体、いつもどんな風に歯を磨いているのですか。」

若いアシスタントがマスクで眼鏡しか見えないような顔で、「厳しいことを言いますが、この奥歯、これはもうだめ。それから、こちらの上全部、もうだめです。一年も待たずに、抜けますよ。」

慌てて、歯科医が「なんとかなるかもしれないわよ。」と受ける。

一瞬、どのみち全部抜け落ちるなら、こんなに痛い治療など受けずに放置します、と言おうかとも思ったが、そんなことでも言おうものなら、本当に彼女たちに軽蔑され、椅子から蹴落とされ、もう来なくていいですよ、と外に放り投げだされてしまうだろうと思われた。それぐらい気迫のこもった対応であった。

分かりました。歯を失いたくないです。頑張ります。

できるだけ声を出さず、テーブルを掴んで痛みを我慢。

子供三人産んだので、彼等に全部栄養を持っていかれたから、仕方がないのか、と思っていたが、これは全くの誤認であることが分かった。歯ぎしりの癖や歯を噛みしめる癖がいけないのかと思ったこともある。幼い頃に、強い歯で紐をちぎったりしたことがいけなかったのだろうと思ったこともある。

現在の自分のあり様が原因だとは思ってもみなかった。
なんと!

抗生物質、カルシウム強化剤、消毒薬を処方してもらう。先程薬局で買った薬を出すと、「あなたには、全く必要のないものね。」と一蹴。「まあ、抗生物質は売れないしで、こういった薬でお茶を濁すしかないのよね。」とも。

溺れる者は藁をもつかむ状態だったので、薬局には感謝しています、と言うと、漸く歯科医に笑みが浮かぶ。

スーパーで歯磨きセットを購入。これからは、朝、昼、晩ときっちりとブラッシングしよう。次のアポまでに、少しは歯茎を磨かないと。

鏡で見ると確かに血色がよくなっているのか、綺麗なピンク色。いつもこんな色だった気もするが、歯や歯茎なんて、ちっとも鏡でチェックしていなかったことに気が付かされる。

自分を甘やかした結果なのかと思うと、この厳しい歯科医の言う通りにしようと強く思う。諦めずに。

出会いに感謝し、歯ブラシを当てる。







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2017年1月29日日曜日

冬の森









冬の森

溢れ出るあらゆる想いが空に吸い込まれて

残るのは

冬枯れの木立





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2017年1月25日水曜日

留学している娘に








厳しい選択を迫られ、辛い思いをしていると思います。
試験の点数が思っていたよりとれていなかったということは、自分の考えがいかに甘かったか、と深く反省してください。

中国に留学したことは、とても良い経験になったと信じています。一人でどんな思いで頑張ったのか!偉い。中国の時は、あの環境で中国語を学ぶ、つまり、生活していること自体が学びでした。

今の環境は、ちょっと違うのです。一人で生活することに加えて、一人で勉強もしなければなりません。数学、経済、統計学、会計学、色々あります。

ママも留学したことがあるので分かります。とても大変なことです。

海外に一人で住んでいることだけで、本当に大変なことなのです。それに加えて、母国語ではない言語で学ばねばならないのです。これまで以上の努力が必要なのです。フランス語なら、1時間で解ることを二時間かけなければならないのかもしれません。そのことを蔑ろに考えてはいけません。

本当は自分の得意科目なので、簡単にできるはずなのに、と思うこともあると思います。自分ができない、と卑下する必要はありませんが、これまで以上に頑張る必死の努力をすることを忘れてはなりません。

自分をコントロールするのは、自分です。

そして、すべては自分に帰ってくるのです。結果の責任を取るのは、自分だけです。オーストラリアのアボリジニーのブーメランと一緒。

一体、どんな思いで、一人でこの寒い風の吹く彼の地に来ているのか。初心を思い出してください。どんな自分になりたいのか。

ママは学科を変えること自体、問題とは思っていません。でも、学科を変えたから、それで、簡単になるとは思っていません。これまで通りの勉強の仕方では、落第してしまいます。留年は認められないので、新たに別の大学に入学する必要が出てきます。落第することで、人間の厚みがでるかもしれません。でも、そんなことが出来る程、図太い神経の持ち主でもないと思います。落第することは、辛い。できたら、次のステップに明るく上を向いて飛び出していける方がいい。そのためには、努力しかありません。

これまでと同じ勉強のペースでは、学科を変えてもダメであること、しっかりと自覚してください。ちゃんと毎週のスケジュールをたてること。今日やることを、朝のうちにリストアップすること。それが出来ていないうちは、一日が終わらないと思わないと。

自分に甘くすると、どこまでも甘くなります。でも、一人だから、誰もアドバイスをしてくれません。

一人であることは、自由だけれど、管理されている環境にある以上にストイックに自分を管理する必要があるのです。そのことに、もう気が付いていることでしょう。

自分が自分に負けるなんて、それ程悔しいことはないと思います。

人間は安きに流れる。そう、楽な方、楽な方に、行ってしまいがちです。その時には、目標を思い出してください。今の大学を卒業し、大学院に行く夢でもいいです。国連に行く夢でもいいです。仕事をするでもいい。夢を持ってください。次に何をしたいか。そのための、今は準備段階です。

こういった話をクリスマスの休暇にできると良かったのですが、お互い時間がありませんでしたね。ママは貴女を信じています。親はいつだって子供を一番に応援しています。

さあ、やる時はやれ!
必要な時は言ってくれれば、すぐに飛んで会いに行くから。




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2017年1月22日日曜日

踊る影法師






寒くて小さく凍えている日曜の午後、
思い切って外に出て見る。

思いの外、太陽の日差しは暖かく、冬でも太陽は燃えていて、太陽は太陽であることに感じ入る。

勉強をしなきゃと張り切っていた末娘バッタに声を掛けると、これまた思いの外簡単に一緒に外に出てくる。

誰にも会わないよね、と、部屋着に軽いダウンを羽織った格好。

道端で啄んでいるチビ介ピーに挨拶をすると、ママ、やめてよ、と。どうやら周りを気にするらしいが、人っ子一人いやしない。誰が見ているか分からないのよ、とは彼女の弁。自分の格好はどうなのよ、と言って二人大笑い。

真っ青な冬空に真っ白な飛行機雲が一直線に描かれていく様子を見て、これ、この雲、大好きと大騒ぎ。

凍てついた空間に、枝をピンと張る裸木を見て、この木の下で写真を撮ってよ、とまた一騒ぎ。

気が付くと、影法師も踊っている。







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2017年1月21日土曜日

緑の芋虫君







モバイルオペレーターからのセールスコールが煩わしい。
一体、いつライバル社に携帯番号が伝わったのか。着信拒否としても、いつの間にか別の番号を使って掛けてくる。次第に、登録していない番号からの電話は機械的に取らなくなっている。

それでも、呼び出し音は鳴るので、仕事中はボリュームを消していることが多い。
後からメッセージが入っていることに気が付き慌てることもあるが、大して支障はない。

そんな状態で見つけたLINEメッセージ。
送られてきた画像には、バイオリンケースの中にバイオリン、もとい、緑の芋虫君のぬいぐるみが収まっている。

おいおい。
中学生の息子のバイオリンケースに、そんな悪戯をするなんて。
だから声変わりしても、彼はいつまでたってもママっ子なんじゃないか。そろそろ、そんなママの行為を嫌がっても良さそうなのだが、本人も嬉しがっているに違いない。まったく、こんな画像を送ってくるなんて、どういう料簡なのか。

中学時代、書道教室で筆をとろうとカバンを開けたら縫いぐるみが出てきて慌てて隠したことを思い出す。学校でも、スポーツバックに入れられたっけ。あの頃とちっとも変っていない。

やれやれ。
嫌味の一つでも書き送ろうかと思っていると、メッセージが届く。
「元気でた?」

モノトーンの世界から一瞬にして鮮やかなカラーの世界に。
優しい思いがゆっくりと身体中に伝わる。

ありがとう。
元気、でたよ。





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