2016年4月24日日曜日

秘めた思いと根拠のない確信








大切なものだからと、とっておきの場所に保存して、時間が経ち、保存していたことさえ忘れてしまうことって、少なくない。

例えば、貴重な日本からの食料品、お土産。
誕生日やクリスマスの贈り物。

日本から母や、台湾から妹一家が遊びに来る時は、大いに慌てる。

貴重な海苔、ふりかけ、梅干しだからこそ、ケチって使って残しているのに、「あら、口だけで必要ないみたいね。」なんて言われてスーツケースに戻されてしまいかねない。

台湾から送ってもらった貴重な珍珠奶茶の材料。特別な時に作ろうととっておいてあるが、送ってもらって随分とたってしまった。このバカンス中に、バッタ達が帰って来たら作ろうか。


先日、ロイヤルアルバートホールでコンサートに出演するバッタ達の為に、日本から駆けつけてくれた母。冷蔵庫、冷凍庫、食品棚、すっかりと綺麗にしてくれたが、「あら!」と見つけられてしまった。

ブラジルからお土産に買って来たCafé Pilão。

母の友人宅の鬱蒼とした林を眼下に見下ろせるテラスでご馳走になった、あの味とはいかずとも、その時の珈琲だと思うと嬉しくなる。

酸味と苦味のバランスというが、しっかりとローストされた香りと飲んだ後の爽やかさといったらどうだろう。味にキレがある。

ブラジルの楽しい思い出が一瞬にして甦る香り。

大切に一匙、一匙、しっかりと煎れて楽しんでいた。新鮮さを保つためにも、冷凍保存にしてもいた。

それを今回見つけられてしまう。
でも、正直、大切な奥に隠していて、そのありかさえも忘れてしまっていたというのも事実。

その赤が基調のパッケージを見ながら、最後の一匙をすくって、熱湯で豊かな香りが立ち上る様を楽しみながら、もう一つの隠れた、自分さえも気が付かなかった別の思いが忽然と湧いてくる。

そうか、そうだったんだ。

あの時、二袋買ってきて、一つをお土産としてお世話になっていた珈琲好きの友人に渡していた。その後、あっという間に飲んでしまったと聞いて、そんなものかとちょっと残念に思ったが、取り敢えずは喜んでもらえたのかと、記憶の底に置き去りにしてしまっていた。

本当のところ、自分でも知らずに、一緒に味わえたら、この豊かな香りを分かち合えたらと、そんな秘めた思いがあったことを今更ながら思い起こす。それが、相手は一瞬にして味わい尽くしてしまったと聞いて、空振りに終わった一人で膨らませていた思いを持て余してしまっていた。

だから冷凍庫の隅で忘れ去られていたのだろう。

最後の一匙の豊かなしっかりとローストされた香りを味わいながら、何の感慨もなく、スーパーで買った珈琲と一緒の日常的感覚で消費されたわけではないことが、確信となって心の奥底から突き上がってくる。


Café do Brasil
味わった人なら分かるだろう。根拠のない確信のこの強さを。





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2016年4月21日木曜日

末娘バッタの蔵書








珍しくどうしても具合が悪くなり、早退。
こんなことは、今の仕事を始めて初めて。とてもだるくて仕方がなかった。
肩の痛み止めが強過ぎるのか、その緩和剤が良くないのか、調子はすこぶる悪い。せっかくの休みなのに、バッタ達はパパとバカンス。

まあ、一人でゆっくりするのも、悪くはないか。

気が付いたら、泥の様に眠ってしまったらしい。思っている以上に身体は悲鳴を上げていた。

それでも、手持ぶたさに、整然とした末娘バッタの部屋に入る。そこだけ、午後の太陽が燦燦と入り込み気持ちがいい。他の部屋は肩と腕の痛みから、雨戸さえ開けていない始末だった。

ふと、本棚に一つの本を見つける。綺麗な装本に目を引かれたことと、日本語の本だったことで手にしてみる。

最初の一文で、衝撃を受け、その場にうずくまるようにして読み始める。

まさか。まさか。

その思いが強く、しきりに胸騒ぎがする。

簡単なようで難解な文章。彼女の日本語力で読んだのだろうか。いや、誰が彼女にこの本を送ったのだろう。それよりも、一体、この本をどんな思いで読んだのだろう。

何度も泣きながら、読み終える。ああ、ここに末娘バッタがいれば、ぎゅっと抱きしめるのに。

「ハッピーバースデー」
母親に愛されたいと思う11歳の少女の過酷な日々と、祖父母の愛で癒され、自立していく姿が描かれている。






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2016年4月19日火曜日

人生の大切な何か









昔、女友達とたわいもない会話をしたことを覚えている。
女の飲み物の好みは、その時付き合っている相手によって変わる、と。

確かにソルティドッグやモスコミュールなんて、大学時代の背伸びして大人ぶっていたがった二浪の彼から教わった。

一方、妊娠時代は決してアルコールは口にしなかったし、授乳時代も然り。

その時、その女友達のフランス人の彼から、「主義主張も分かるけど、人生の大切な何かを味わっていないなんて信じがたいな。」との言葉をもらい衝撃を受ける。妊婦にそんなことを言うのか、との思いと、それ程言うなら、との思いが混ざっていた。

多分それから、ワインを嗜むようになった。つまりは、私は感化されやすいタイプなのだろう。実際、その女友達は、アルコールが苦手と来ている。別に彼と何かがあったわけではないが、確実にあの言葉は、私の何かを突き動かすだけの力を持っていた。

それでも、子供が幼いうちは、そんなに好きでもなく、憧れの人がアルコールを飲めないと知るや、そうよね、アルコールなんて、と思っていた頃もある。

ベルギービールのファンになったこともあるし、ブルゴーニュの赤に惚れたこともある。

シャンペンの黄金の気泡に恋したこともある。アルザスのリースリングに傾倒したこともある。バイソングラスの入ったズブロッカが最高だと思ったこともある。

さすがにノンポリ過ぎるかと思いつつも、先日、「シャブリが一番の好みなんだ」と聞くや、つい一本買ってしまう。シャブリだってピンキリだろうに。


人生の大切な何か。
さて、ちょっとは分かったのだろうか。。。





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2016年4月16日土曜日

ぷっつんと弾けるマスカットの爽やか誕生ケーキ






朝目覚めると、どうしてもマスカットのタルトを作りたくなる。
ぷっつんと弾けるマスカットの粒。
甘み控えめのバニラがぷちぷちとするカスタードクリーム。
かりっとさを保つためにビターチョコを流しているタルト。

予定よりちょっと遅く着くと、ピンクの薔薇のような微笑みで迎えてくれる。
サプライズのケーキを手渡すと、大きな瞳を一層大きくして喜んでくれる。
葡萄が大好きなの、と。

彼女のお店でちょっと余計に買い物をする。
長女バッタとそんなに変わらない年齢。そろそろ主役は彼女たちの年代になるのか。






さあ、別の友人のところに、レモンとライムの香り高いクリームをたっぷりの苺タルトを持って行こう。タルト生地もアーモンドプードルやレモンのゼストが入って、ちょっと凝っている。サプライズの誕生ケーキ。牡丹のような笑顔を思い描く。

セーヌを横切り左岸にと愛車を向ける。








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春の宵








「7冊目修了証書の曲は何がいいの?」
バイオリンの教師マリに問われ、戸惑っている息子バッタ。

ぼそぼそとつぶやく。「未だ、第三楽章が終わっていないけど。」

マリは快活に「ああ、あれは後からもう一度やってみるといいって言ったじゃない。取り敢えずは暗譜して弾けるのだもの。さあ、どの曲が一番好きだったのかしら。」

たった今、彼が弾いた曲なんて、隠れた情熱を引き出すかの様な弾きっぷりで悪くなかった。
ちょっとした沈黙が続く。

彼の代わりに答えたい衝動を抑えて様子を見守っていると、「第三楽章が好きなんです。ティラリラリが未だに上手く弾けないけど。」笑顔ではっきりと息子バッタが告げる。

分かっていた。
バッハのバイオリン協奏曲第一番イ短調、第三楽章。
数年前に台湾に遊びに行った時、彼の従兄が練習していた曲。
あの時、俺の曲を聴け、と言わんばかりに弾き上げた彼の先生に惚れたのか、泣きながら練習していた従兄の弾き方に惚れたのか、従兄が何度も聴いていたCDに惚れたのか。

完璧を目指す息子バッタは、思い描く音が出せないと悔しがって練習をすれば良いのに、悔しがってそこから脱出できずにいた。それでも、時々思い出したように他の曲の練習の時に、旋律を弾いていることを知っていた。

練習をしないから脱出できないので、そこで長いこと足踏みをしているので、飽きてこないかと心配したマリが、別の曲に進むことを促した経緯があった。それをまた、弾きたいと、練習をしたいと、自分の終了の曲にしたいと告げる息子バッタ。

危ういが、彼のティーンの危機は脱出したかな、と手ごたえを感じる。
このところ、毎日練習をしていることを知っている。

バッハのバイオリン協奏曲第一番イ短調、第三楽章。
彼が、自分の意思で立ち止まって、改めて手にした曲。

夏にはこの曲をポケットに、君は飛び立っていくのか。

桜の花びらが白く浮かぶ春の宵
風がやさしく甘い香りを運ぶ







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2016年4月12日火曜日

独り相撲





藍色の空にはバナナのような三日月
空の色はだんだんと濃さが増し群青色になり
林に入るとすっかり深い紺に。
モチモチの木の切り絵の世界が展開する。

さあ、次の手はどうしようか。
独り相撲を取っていることは分かっている。
分かっているけど、分からない振りをして、次の手を打つ。

いつまで続けられるだろう。

月を見上げる。



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2016年4月10日日曜日

雨の中のマダム








バイオリン仲間のサプライズ誕生会。ちらし寿司を持って行こうと干し椎茸を水で戻し、人参を千切りし、準備をしていたところ、新しいビジネスをするから話を聞いて欲しいと訪れた昔の同僚が思わず長居し、出発予定の一時間前を既に切った中、椎茸を煮込み、人参を湯がき、慌てて錦糸卵を作り始めていた。息子バッタを借り出し酢飯を作り、椎茸、人参、胡麻を和え、サーモン、エビで飾ると言った豪華版。イクラを散らしたかったが、スーパーには残念ながらトビウオの子しかなかった。錦糸卵をふわりとかけると、海苔を散らしたくなるが、思いとどまった。グリーンピースも、インゲンも手元にはなく、シブレットを細かく刻む。

宿題の真っ最中の末娘バッタを急き立て、留守番をするという非社交的なティーン真っ盛りの息子バッタに溜息をつきつつ、外に出ると冷たい銀の粒がばらばらと落ちてきていた。通りの向こうから皆で行列を作ってバイオリンを弾きながら家の門に入るといった演出はどうも変更せざるを得ないだろう、そう思いながら小走りに停めてあった愛車に乗り込もうとすると、真向いのマダムの家のドアが開け放たれ、玄関のチャイムの前で傘もささずに髪を振り乱し、奮闘しているマダムの姿が目に入る。カタログを片手に、もう一方の手には延長コードを握りしめ、一心不乱に戦っている。

一人住まいのマダムの家では、停電になったり、突然電話が使えなくなったり、アラームが作動しなかったり、PCが動かなくなったりと何かがしょっちゅう起こる。一体、今度は何事だろうか。誕生会に出掛ける予定の時間はとっくに過ぎていた。それでも、雨の中のマダムを放っておくわけにはいくまい。走りよると、驚いたようにこちらを見つめ返す。24時間体制の警備ビデオが作動しないと絶望的に話し始める。それでも、誰かに問題を伝えることができた安心さからか、とにかく明日朝に手伝うので、今は家にいったん戻って欲しい旨伝えると、素直に頷いてくれる。緊急ならば、息子バッタがいるので、彼に見てもらえると言うと、明日の朝でいいとのこと。後ろ髪を引かれる思いをしつつも、車に乗り込みアクセルを踏む。

果たして、朝8時には既にマダムの家の窓は全て開け放たれていた。まさか一睡もしなかったのではあるまいか。昨日の雨が嘘のように青空が広がっている。すぐに窓から顔をのぞかせ、今朝も何度もマニュアル通り試したが上手くいかない、と興奮した様子で話を始める。

とりあえずは、様子を見ないと。先ずはマダムが何をしようとして、何が問題なのかをしっかりと把握することに努める。そして一つ一つ丁寧にやってみましょうよ、と声を掛ける。ビデオの設定はできても、それを保存するための機能を作動させていなかったことが原因と分かる。次には、インターフォンの問題。これは受話器のマークを押していなかったことが原因と分かる。

本当にちょっとしたこと。それが見つからずに、何度も何度も同じことを繰り返し、上手くいかないと嘆いていたマダム。

「朝からごめんなさいね。本当だったら、息子が来てくれればいいんだけれど。あっち、こっちと仕事でいつもいないから。」

息子さんは、きっと別の場所で、そこで困っている人を助けているに違いありません。私も、母の傍にいないので、母が困っている時に何もすることができません。それでも、きっと他の誰かが母の力になってくれているはず。だから、私がマダムの手助けをすることは自然なこと。そうやって社会は成り立っているのだと思いませんか。

そう言うと、目を潤ませ、大きく抱きつかれる。

マダムの家で、電気関係の故障が絶えない最大の理由は、いつもと同じルーティーンではない、イレギュラーなことが起こった際の対応にあるのだろう。何かあったら、いつでも声を掛けてくださいね、と言ってはいるが、朝は暁前に出て、夜は夕食後に戻ってくる私に、声を掛けるタイミングもなく、他の近所の人々も、頼れる方ばかりだが、そう頼ってばかりはいられまいと思うのだろう。

それでも、息子家族や娘との同居は選択肢として決して挙がってこない様子。
今年は徹底的に屋根瓦を綺麗にする予定なのよ、と逞しそうに笑っている。一人で屋根に上るつもりらしい。82歳になったから、屋根に上っていはいけない、ということはあるまい。それでも、もしも足を踏み外した際、とっさの対応が70歳の頃とは違うだろうし、60歳の頃とも違うだろう。マダムがいつまでも元気で若々しい秘訣なのだが、家族なら一言も二言もあろう。自分の人生、自分が決める、とのスタイルを確固として持っているマダムは、きっとこれからも一人で自分の家を切り盛りしていくことだろう。ただ、困った時には、一人で奮闘せずに、ちょっと声を掛けて欲しい。いや、これからは、こちらからできるだけ声を掛けようか。

空はますます青く晴れ上がっている。







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2016年4月9日土曜日

嵐の中でも出航してしまう若さ






今年も日本の学部生と交流する機会に恵まれる。フランスのトップの高等教育機関に一ヶ月の短期留学プログラムに参加している彼ら。将来のフランスの超エリートとなるべく学生達と同じ釜の飯を食うことの意義は大きいだろう。

仕事を早めに切り上げ、慌てて会場に駆け込むが三十分の遅刻。丁度、学生の一人が真剣に自分の課題について発表をしている最中。どうやら彼らが準備した発表に耳を傾けた後、パリ在住OBがコメントを述べる形式らしい。すぐに意見を求められた。

この学生の問題意識の高さを褒めることもせず、その感覚に違和感を覚える、などと意見してしまう。皆面食らったらしく、一斉に注目される。構わず、思うことを述べる。日本の若者はこれほど保守的な家族像を持っていることに驚きを禁じ得ない。

最近の学生は慎重なのか、真面目な学生だからこそ、今回のプログラムに選ばれたのか。人生は選択の連続であり、そのたびごとに、プロとコンを列挙し、比較検討し、なんてやっていってどうするのだろうか。ここぞ、との勝負に出る時に備え、野生の勘を磨かずにどうしよう。サバイバルとか、ハングリー精神など、死語というのか。

キャリアへの価値観、なんて呑気に考えているのは、エリート。そもそも、その選択肢さえ目の前にない状況にどう立ち向かうのか。

はたまた、異文化圏にて母国語ではない言語で仕事をしていくことは、当然最初の年は、自国にいた時の6割の能力しか発揮できない、うんぬん、の論文はどこにでもあろう。ならば、自国でしっかりと実力をつけ、と考えるのも一つ。しかし、どうなのか。最終的には人生何に価値を見出すかとなるか。

人生は一度しかない。だから、慎重に大切に生きていくのか。
いや、だから、嵐の中でも出航してしまうのか。

すべての門が自分の為に開いていると錯覚する若さ。それは強さでもある。大いに健闘して欲しいと願わずにはいられない。




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2016年4月8日金曜日

春を感じる



急ぎ門を出ると、向こうの坂を猛烈な勢いで登っていくバスの姿。
いつもよりバスが早いのか、私が遅いのか。
まさか30分も次のバスを待つわけにもいくまい。
日の出前の暁を歩き始める。

4月の初旬にしては暖かく、あちこちの木々に賑やかに囀る鳥たちの声。
まるで夏のよう。
未だ日の出の兆しもないが、あたりは太陽の現れを待ち焦がれる興奮に包まれている。
暗闇の中に、すくっと天に向かう木蓮の姿。
通りの向こうには純白の梅の花。

一人。だけど寂しくはない。

昨夜遅く帰った車の中にダウンジャケットを残してきたことをありがたく思い、身体中で春を感じる。






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