2016年2月29日月曜日

なんだかな-パリの中華で、釣られた魚の気分を味わう




「マダム!」
ランチをテイクアウトして、出て行こうとした瞬間に呼び止められる。
狭い入り口なので、お互い譲り合う場所。ちゃんと脇に寄っているではないか、と思うが、どうもそれだけではなさそう。

本当に最初は何がなんだか分からなかった。
漸く私の外套に、少年の釣り針が引っかかってしまっていることが分かる。
いや、私が少年の釣り針に引っかかってしまったのか。

一体全体、パリのテイクアウトの中華屋さんで、釣り針をぶら下げた釣竿を持っている人なんているだろうか。

少年はとっても困った様子で、必死にフックを外そうとしている。
ところが、針先の先端にかえしがついているので、ちっとも外れない。

ちょっと待ってよ。これ、このシーズンに思い切って買ったお気に入りのダークブルーのダウンじゃない。

少年は今にも泣きそうになっている。泣きたいのはこちらではないか。
この際、魚の浮きも一緒に、竿から外してもらえまいか。
お店の人も、ちょっと面白そうに見守っている。
冗談じゃない。
惨めな魚の思いになる。

でも、泣きそうな少年にどう言えばいい?

学校の二週間の休みの丁度半分。どこにも行けない少年は、せめて釣竿を大切に手にして外に出たのではあるまいか。でも、本当は未だ釣りなんてしたことがないに違いない。だから、針の怖さを知らずに、ぶんぶん振り回してしまったのだろう。
そんな少年に、どんな厳しいことが言えよう。
言ったって、私のダークブルーのダウンから釣り針は抜けない。

お人よしなんだよね。
皆の声が降ってくる。

でも、ここで少年を叱って何になる?


せめてもの釣り針を戦利品とし、ダウンにくっつけたまま、寒い外に出る。


なんだかな。
かなり気持ちがへこんでしまう。
なんだかな。







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2016年2月27日土曜日

邂逅









バカンス中の末娘バッタと、彼女の友人を先週オープンしたラーメン屋さんに誘い出す。

豚骨スープを作るために、フランスの豚の頭には顎の部分が欠けているので、隣国から取り寄せる程のこだわりよう。そして、確かに、美味しい。

ただ、どうも並ぶのだけはいただけない。ラーメンは回転が速いとは言うが、食事のために並ぶ、ということに抵抗を感じる。それでも、この味を食べさせてあげたい、と、これまた、思い込んだらまっしぐらの性格ゆえ、寒い中をオーバーの前を開けっ放しのTシャツ姿のティーン二人と並んで待っていた。

と、日本人女性が「あのぉ、」と声を掛けてくる。「ひょっとしたら、○○に住んでいらっしゃる○○さんではないですか」。

同じ世代と思われる小柄な女性に見覚えはない。と、いうことは、昨年アメリカから近所に引っ越してきた女性だろうか。学校や住まいのアドバイスが欲しいとかで、知り合いを通して紹介され、随分親身になって相談に乗ってあげていた。しかし、どうして私のことが分かるのだろうか。FBに写真を載せているわけでもないし。

色んな事が頭を駆け巡る。

私から何の反応も引き出せないことに気が付いたのか、彼女から名乗ってくれる。

5、6年前に一度会ったことのある、いや、実際には、うちに泊まったことのある女性。

彼女も、知り合いから相談に乗って欲しいと紹介された女性。知り合いといっても、末娘バッタのクラスメートのお母さん。彼女の日本人の友人が旦那が浮気して悩んでいるから、相談に乗って欲しいと言われて、面喰ったことを思い出す。彼女のセリフが良かった。

「私は全く経験がないので、どう相談に乗っていいのか分からないので、ぜひお願いします。とっても悩んでいて、かわいそうで、心配なんです。」

そんな話、見ず知らずの人に言うものでもなかろうに。しかも、私は経験者だから、話ができるだろうなんて、なんて失礼な!と思うが、それよりも、一人で悩んで悲しみにひしがれているらしい女性が気になった。確かに、辛いだろうな、と思う。

そこで、連絡してみると、見ず知らずだからこそ話がし易かったのだろうか、彼女自身が驚くほど、色々と詳しく話をし始め、気が付くと、ずいぶんと長いメールのやりとりを頻繁にするようになっていた。

彼女は、誰かに聞いて欲しかったに違いない。でも、変に知り合いだと、なんだか言いずらいこともある。プライドもある。だから、聞き手に徹し、彼女の話をいつまでも聞いてあげていた。

そして、ある日、もうどんなきっかけだか忘れてしまったが、我が家に泊まりに来て、夜中じゅう話をした。その時に会っただけ。それからは、年に一度近況をお互いに連絡し合う程度。彼女なりに落ち着いて、今の人生を謳歌し始めているんだな、と嬉しく思っていた。


申し訳ないことに、私は彼女の話は聞いたけど、彼女の顔はちっとも覚えていなかったということか。

あの時、幼稚園生と未就園児だった二人のお子さんは、小学生と中学生に。あっという間。先週、別れた旦那に赤ちゃんが生まれたと言う。

「一番どん底の時に話を聞いてくれて、本当にありがとうございます。」

どんなことがあっても、次の日は来るし、気が付くと子供達も大きくなっている。


待ち合わせの友人が来たらしく、それでは、と別れる。

次に会った時にも、きっと分からないだろうな、と思う。でも、何かの時には連絡をしてね。いつだって、話を聞くことだけはできるから。

後姿にそっとつぶやく。





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2016年2月24日水曜日

いざよい





夜の公園でひそやかに木蓮が蕾を膨らませている。
つんつん尖った膨らみが天上を仰いでいて小気味よい。
今年の冬は雪がちらっと舞っただけ。
本格的な冬来ずして、春になるのか。

そんなに急がないで。
急いで春が来ても、
梅の香りがふくよかに漂ってきでも、
桜の花が真っ白な花びらを惜しげもなく散らしても、
それを迎える余裕がない。

我が家のペンキは剥がれているし、
雑草は好きなだけだらしなく伸びていて、
葵や月桂樹の細い枝があちこちから見えている。

きゅっとした水仙の葉、
膨らみあるヒアシンスの葉、
やわらかなチューリップの葉が
葵や月桂樹の細い枝の隙間から覗いている。

手入れをしてあげないと。

その焦る思いが煩わしい。

まったく準備もできていない、お粗末な我が家にも春はもうそこまできてしまっている。

空を仰げば、十六夜の月。







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2016年2月20日土曜日

未来は過去を変えている










珍しく甘えてこない末娘バッタの横顔を見て疲れているのかな、と思う。


そう言えば、テストで設問の意味を取り違えたと悔しがっていたっけ。

いや、そんなことで、こちらを受け付けないような、撥ねつけた態度は示すまい。

明日、バイオリンの先生のアシスタントを頼まれてしまい、サッカーの練習に行けないことをうんざりしているのか。

或いは、後輩の進級テストで、バッハの第一バイオリンを弾かねばならないことにプレッシャーを感じているのだろうか。

せっかく作った夕食を息子バッタにケチをつけられ、がっかりしているのか。


どうも、どれも当て嵌まらないらしい。
彼女の心が見えない。一体どうしたのだろう。


ノエルのバカンスが終わったばかりなのに、もうスキーバカンスに入った金曜の夜。
しっくりこない。

バイオリンのレッスンを終えて、夜の10時にバッタ達と家に戻る。


一体、何が問題なのか、問い質してみる。

と、思わぬ答えが返ってくる。


バカンス明けに社会研修と称して、企業に一週間お世話になるが、その時にパリのパパの家から通うことに対し、彼女のお世話になる会社とパパの家は決して近くないよ、と言った私の言葉に反応したらしい。

彼女が研修期間にパリのパパの家から通うことは、もう既に決まっていること。それを今更ママが何も知らなかったかの様に、反対の意見を言うことが、嫌なのだ、と言う。

ちょっと、待ってよ。同じパリでも30分はかかるのよ、そう言っただけじゃない、と言えば、それでもママの家から通うよりは近いじゃない、との返事が返ってくる。

「それよりも、とにかく、パパとママの間で子供のことでジェラシーを感じているようなこと言わないでよ。困るのは私たちなんだから。」

うん、そうだ、そうだ、と息子バッタが頷く。


「それから、さっきだって !」末娘バッタは容赦しない。
息子バッタが試験の日程をパパに告げてなかったと聞いた時の私の反応がいけない、と言う。

パパに告げなかったのか!おおそうか!そうだよね!の態度がいけなかったらしい。


何から何までママが良い、のベベの末娘バッタではなくなった、ということか。
昔はよく、週末にパパの家に行くのが嫌だからと、仮病を使って蒲団にくるまっていたのに。
通りに響き渡る大声で嫌だ、ママといる、と言って泣き叫んでいたのに。


そうか。
成長したんだ。
公明正大な性格に。


離婚したからって、なんで子供と一緒に過ごす時間まで分けっこしなきゃいけないのか。
なんとも、ね。
成長していないのは、ママだけか。


長女バッタのことを思って、彼女にとって良かれと思うことで、彼女の父親と喧嘩をしていた時、泣きながら、ママ、止めて、と言った長女バッタの顔が思い出される。


そうか。今度は末娘バッタの番なのか。


旦那としての彼の評価は置いておいて、父親として彼はちゃんとその務めを果たしていて、バッタ達はそれを評価しているということか。
まあ、父親としての選択は間違っていなかったということか。


未来は過去を変えている。
外は春の前の小さな嵐。








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2016年2月17日水曜日

別の横顔








早朝のバスに乗っていると、声を掛け合わなくても知り合い気分になる。
一番前に座っている白髪のマダムがいないと、今日はどうしたのかな、と心配したりする。皆、話し合ったわけでもないのにちゃんと指定席があって、知らない人が自分の席に座っていたりすると、あら、といかにも席を奪われたような気持ちで落胆してしまうから、変なもの。勿論、席には座らずに、立っている人も数人いる。


ある日、いつもは誰もが無口なバスの中で、ちょっと華やかな雰囲気を醸し出している家族の存在が目立っていた。どうやら、小学三年生ぐらいの息子の初めての研修旅行らしく、小さなスーツケースを持った少年と、その両親と思われるカップルがにこやかに話をしている。女性のボリューム豊かな黒髪を眺めるともなく見ていると、ふと、その隣の男性に目がいく。

えっ?

彼は、いつも一人物憂げに席に座らずに立っている、ジャンバー姿の背が高くて、やや精彩を欠いたような青年ではないか。いや、精彩を欠いたなどと言っては失礼だし、その日は背筋をちゃんと伸ばし、息子に諭すようなまなざしを向けた横顔などは、しっかりとし、輝きさえ放っている。そして、よく見れば、青年ではなく、父親の横顔である。

なんだか、電撃にでも打たれたような思いがする。

こちらもしゃきっと目が覚め、背筋伸ばしバスを降りる。

ボンジョルネ。いってらっしゃい。

早朝の暗闇を明るい駅に向かって走り出す。






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2016年2月16日火曜日

霜の降りた朝




慌てて飛び出すと頬がぴしりとし、身が縮こまる。

路上には既に車がびっしりと並んでいるが、その中に霜を被って真っ白な塊が一つ。氷のように冷たい鉄と化しているのは、シルバーペンギンこと我が愛車。

未だ太陽が昇る前の時間で、空には星さえ輝いているのに、他の車は既にどこかを走ってきていて、窓ガラスは曇ってさえいないことに今更ながら驚きを感じる。この通りは早起き鳥たちでにぎわっているのか。

一人で一晩中掛けてゆっくりと霜をつけたのかと、我が愛車ながら、可笑しくなる。


霜を削って、君の思いの丈をじっくりと聞いてあげたいけど、急いでいるんだ。
ごめんね、失敬。
空が明るくなって、鳥たちが飛び交い、子供たちの元気な声が聞こえ始めると、太陽も顔を出すだろう。膨らみかけている木の芽や水仙の蕾たちが、君の話を聞いてくれるよ。
じゃ、行ってくるね。


緩みかけたマフラーをもう一度しっかりと巻き直し、バス停に向かって歩みを進める。





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2016年2月15日月曜日

思考











「君のことを考えていた」

一行だけのメッセージ。
しかも、過去形。

どう読むかは、読み手の自由という、彼らしいスタイル。
身勝手と言えばそうだけど、魅惑的と言えばそう、なんて思ったら、既に彼の罠にはまっている。

パリに来て、去る時に、ふとメールを送ってきたのかもしれない。
或いは、まさかとは思うが、バレンタインを前に、どうしているかなと思ってメールを送ってきたのかもしれない。

朝、珈琲を淹れる時、市内に車を飛ばす時、海からの潮風を受けた時、太陽の日差しを頬に感じた時。

色んなシチュエーションを考えてしまう。
分かっていながら、楽しく罠に嵌まる。

そう。
朝、珈琲を淹れる時、市内に車を飛ばす時、山からの突風を受けた時、太陽の日差しを頬に感じた時。
いや、いつだって彼のことを思っているような錯覚に陥る。

さて、ここはどう斬り返そうか。


。。。。。。

メニュー

ブロンドレフの生
オリエンタル風オリーブのタプナード
茄子のキャビア
マテガイのガーリック味ワイン蒸し

ヴーヴクリコ
サーモンクネルにベシャメルソース

ソテーヌ
マンゴシャーベット

マスカルポーネのガトーオショコラ
カフェ

。。。。。。

思考


。。。。。

ちょっと飛躍し過ぎてしまったか。
送信してから、思う。

まあ、こちらの思考リズムに乗ってもらえなかったら、仕方なし。
あるかないかの返事待ちとしようか。

そう思いつつも、これで何度目かのメールチェック。



外の風は雪が降るような香りをまとっている。
冷気をすっと胸一杯に吸い込む。









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2016年2月14日日曜日

満点の評価









TPE、その名もTravaux personnels encadrés。監督下での自主研究プロジェクト。

生徒の自立性や課題解決能力を養うことを目的とし、生徒が自己の興味や課題意識に基づいて特定の課題を選択し、複数の教科の領域にわたって調査などを行い、報告書の形で仕上げることになっている、フランスの中等教育終了認定書および大学の第一学位でもあるバカロレア取得に必要な課題の一つ。

通常、二人か三人の共同研究となり、高校二年の年に、報告書を提出し、その数日後、試験官の前で発表し、口頭試問を受け、その総合評価の結果が点数となる。


長女バッタは、クラスメートと痛み止めの種類と効用およびその副作用をまとめ、妊婦に安全な薬、生理痛の時に服用してはならない薬などを指摘、報告書と簡単なデモビデオを作成したことを覚えている。

近所の薬局がかなり親切に色んな資料を出してくれて助かった話や、地元の図書館で借りた本をなくしてしまった話、色々聞いていた。


今年は息子バッタの年。仲間三人と実験をするらしいことは分かっていたが、正直何が課題なのか、余り知らされていなかったし、聞いてもピンときていなかった。

それでも、突然電話で、今日中に特殊プラグを買ってきて欲しいと言われ、雨のパリをさまよったこともある。

せっかくのリヨンでのバイオリンの研修週末も、このTPEの仲間との勉強会で彼は参加をしていなかった。どうやら、三人の中で、時間的に焦って早めに済ませたいタイプと、鷹揚に構え、ちっとも急がないタイプがいるらしいことが分かってきた。それでも、なんとか報告書は作成したらしい。しかも、ビデオでの報告書というから驚いてしまう。隔世の感を禁じ得ない。


そして、遂に来週、口頭試問。よって、週末は準備ということで仲間が集まって勉強会。三人が驚くほどばらばらの場所に住んでいて、息子バッタを中心に車で片道30分の距離に東西に分かれている。それなら、円の中心で集まるのが筋だろう。が、誰がどう主張するのか、我が家で集まっての会議は学校帰りのみで、週末は大抵仲間の家となる。

まあ、息子バッタとのドライブも悪くないか。彼も、ママに悪いと思うのか、いつも以上ににこやかである。そんな今日は、西に住む仲間の一人も一緒に連れて東に住む仲間の家に行くことになる。

二人は口頭試問を控えかなり緊張気味。母親の存在を気にせず、会話に熱がこもる。道中で二人の会話を耳にし、若者らしい夢と思わぬ高度な知識と向学心に驚いてしまう。

先程は報告書のビデオとかも見せてもらう。いつもは無口でシャイと思っていた息子バッタが、明確な口調で非常に分かりやすく説明をしている。新たな一面を発見した思いがする。


リヨンの週末は一緒に過ごせなかったが、こんな風に自分の時間を過ごし、成長していたことを知り嬉しくなる。


報告書の正確性や、内容などそんなに問題視していない母親は、満点の評価を授けよう。

今後とも夢に向かって邁進し、未知の世界を開拓せよ!









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2016年2月10日水曜日

ベルガモットの香りとバニラビーンズ味の魔法のケーキ








雨戸を開けると、門に大きな袋がぶら下がっている様子が見てとれた。
そうか。明け方に夢で聞いた音は、彼女が門を開けて紙袋を掛けた時のものだったのか。やはり、朝早くに、ひっそりと置くことを選んだのか。

分かっていたような、やはりそうだったのかと寂しく思う気持ちが交互する。

のんびりと外に出て取りに行くと、意外に重い。

夏に貸していた二冊の本を返すので土曜は家にいるのか、とメッセージが入ったのが金曜日。土曜は基本的に家にはいるが、バッタ達のサッカーやらバドミントン、バイオリンに往復付き合うので、いないこともあるけど、と返事をする。お茶でも寄って行ってよ、と書き加えなかったといえば、確かにそう。でも、本当のところ、お茶をするには気の重い話題が横たわっていた。

手にした袋は貸しておいた二冊の本以外にも、二冊の単行本、二冊の文庫本が入っている。手元に本がなくて、今度買い出しに行かないと、と言っていたことを覚えていてくれたのか。

慌ててSMSを送る。本を受け取ったこと。4冊も本を貸してくれてありがとう。時間があれば、ぜひお茶に寄ってね。

そうして、バッタ達のサッカー、バドミントンの往復に付き合い、買い物をし、洗濯をし、合間にバニラビーンズでミルクを香りづけ、ベルガモットの皮を削り、卵黄を白くなるまでもったりと撹拌し、米粉を入れ、しっかりとメレンゲを作り、150度の低温オーブンでマジックケーキを焼く。

バッタ達はパパがパリから迎えに来てしまっていたので、さあ、なにか書こうかしら、と思っていた矢先、電話が鳴る。

彼女。

急いで出ると、驚いた声が返ってくる。

確かに、週末は携帯には基本的に出ない。固定電話ならなおさらの事。しかし、今回は相手が彼女。本のお礼も言わないと。それに、気まずい話題を避けて通るわけにもいくまい。

すぐそこにいるので、ちょっとだけ寄っていいか、と言われる。

あら、どうぞ、どうぞ。

でも、待てよ。色々してはいたが、掃除は未だだった。そう思った時には、既にドアにノックの音が響いていた。

まあ、ゆっくりしていってよ。
そう言って冷蔵庫に冷えていたシャンパンを開ける。

おしゃべりしながら、とっておきのお新香を切る。
チーズを出す。

「ねえ、キョフテを作ってあるの。それを、焼こうと思うんだけど。」

「ううん。もう帰らなきゃ。」


それから4時間以上。

何故か、香辛料がぴりりと効いた、パセリの千切りとひよこ豆がたっぷり入ったキョフテだけは遠慮されてしまうが、シャンパン一本を空け、白ワインまで登場してしまう。お新香も気が付けば、一本なくなってしまっていた。

なくなってしまったのは、それだけではない。
変なわだかまりと、気まずい話題。

お嬢さんから携帯に連絡を受け、迎えに行く予定だったのか、そそくさと席を立つ。
ありがとうね。
そう言って。

これで車を運転?と思うも、同じ状態なのはこちらも一緒。
じゃあ、気を付けて。
またね。

ハイタッチの筈が指を絡めての握手となる。


そう。
なくなったものは、もう一つ。
マジックケーキが一切れずつ。

爽やかなベルガモットと甘いバニラビーンズの香りに満たされつつ、ゆっくりとドアを閉める。






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2016年2月6日土曜日

サバナケット




「今、サバナケットのゲストハウス。」

WeChatのボイスメッセージから声が聞こえる。

北京大学に留学している長女バッタ。旧正月の休暇を利用して、友人たちと中国をゆっくりと南下し、ベトナムに入り、それからラオスに行くと聞いていた。

20年以上も前に、初めての出張先のビエンチャンで興奮しながら通りを社会見学とばかり歩きまわったことが懐かしい。

カウンターパートのラオス人のコンチャイさん。週末は彼の所有する田園で丸焼き豚と糯米のご馳走を振る舞われた。控えめで美人の奥様。彼女は子供が出来ないとかで、養子の幼い息子を紹介されていた。

コンチャイさんからは随分と慕われ、ぜひ自分の日本人として初めての彼女になって欲しいと口説かれた。仕事関係の相手ながら笑って流したが、彼が本気だったことは分かっていた。フランスに留学したことがあり、当時かなりモテたと嬉しそうに語ってくれた。フランス語で愛を語る相手に、文法の問題を投げかけて誤魔化したことも懐かしい。

その出張報告を、田園風景美しくのどかなラオスが果たして欧米の価値観で近代化を望んでいるとは考えにくい、と結んだことで、部長に提出されず、室長止まりになってしまったことも懐かしい思い出。その室長も、もう今は鬼籍に入ってしまった。

あのラオスに長女バッタが足を踏み入れ、見聞を広めていること自体、驚くべきことであり、喜ばしい。

せめてルアンパバーンの山奥の滝を見て欲しいと思うが、どうもバスで南下するらしい。そんなに自由に旅ができる時代になったのかと感慨深い。それでも、当時の建物は今も同じようにあるのだろうと確信できる。そう、ラオスは変わっていまい。

果たして長女バッタはラオスで何か感じてくるのだろうか。
彼女からの次のメッセージが待ち遠しい。






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2016年2月3日水曜日

雨賛歌



雨は決して嫌いじゃない。

フロントガラスを叩く雨音は胸に心地良いし、
眠りながら耳にする天井に響き渡る雨音も、うっとりとさせられる。

慌てて家を出た瞬間、雨に降られても、
ぐっしょりと髪が濡れそぼっても、
着ているコートがどんどんと重みを増しても、そう嫌ではない。

雨は周りの景色を濃く浮き立たせ、
草葉の香りを舞い立たせる。

ぐにゃりとした土に足を踏み入れることは楽しいし、
水溜りを音を立てて走り飛ばすことも愉快。

そうして、
そんな風に思えるなんて、実はとっても幸せなことなんだろうって
その贅沢な幸せを噛みしめてもみる。

雨は人を幸せにする。。。






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