2015年12月19日土曜日

真っ赤なハート








ストラスブールに遊びに行った友達から真っ赤なハートのプレゼントをもらう。
「あなたの熱いハードにぴったり」と。

その彼女へのお礼のメール。


真っ赤なハートありがとう。
私の心臓を思って買ってもらったのなら、もう少しで砕けてしまうかもしれないからと、記念に写真を撮っておきました。なんて、ね。

自分でもかなり疲れているんだと思う。疲れが澱のように溜まっていて、精神的に脆くなっているのが分かる。夜11時まで仕事をして、翌朝は6時に起きて出社。このペース、いつまで続くかと思い始めている。今朝ぼんやりとした頭で、メトロの階段を上って未だ夜のような地上に出た途端、通りのイルミネーションが目に飛び込んだの。これまで淡青色だけだったのに、真ん中が赤の粒できらめいている。もうすぐノエルだよって叫んでいるように。

早く逃げなきゃ。そう思った。

なんでノエルなんか、この世にあるのかって思い続けて、もう10年になる。毎年逃げているのに、今年は仕事があんまり大変で考える暇もなかったの。それに、バッタ達のパパが、ノエルとお正月、好きな週末を選んでいいよ、というので、じゃあ、ノエルの週末を子供と過ごしたいって伝えてあった。それが、ボルドーで一人暮らしをしているパピーがパリにくるので、23日の夜から25日の夕方まで子供たちにパリに来て欲しいっていうのよ。分かったわ、と答えるしかないよね。

それが先週の土曜。その夜友人の家で食事をしている時にノエルの話になって、皆で24日の夜がイブだよねって、当たり前のことを言い出して、その当たり前のことを私はすっかり忘れていて、パニックになったの。一人でどうやってこのフランスでノエルを過ごすのかって。

日曜の夜に帰ってきた子供たちにその話をしたら、息子バッタが、僕がパパに電話をするっていうから、やめて、って言ったの。ママが一人でいることって、ママの問題だものね。今でもパートナーもいなくて、一人だからなんて情けなくて言えないよ。言いたくない。

バッタ達は沈痛な顔をしていた。

逃げなきゃ。

つまらないことで言い合って傷つけ合うことには疲れたの。だから、私が我慢すればよいことは全てOKしている。バッタ達のことで彼らを庇おうと頑張ったこともあったけど、するとバッタがママやめて、って言うんだよね。親の諍いの原因となっていることが辛いんだと思う。

だから、私の心臓は今崩壊寸前。

早く逃れたい。

クリスマスとは無縁の地にいる友人に連絡をしたら、丁度自国で最大の基地を任されることになったらしく、その就任パーティーがクリスマスの時期に一週間続くんだって。彼らにはクリスマスなんてないからね。

慌てて台湾の妹のところに行くことにしたの。

500ユーロで往復チケットがあったので、やけに安いと思ったらイスタンブール経由。大丈夫かな。でも背に腹は代えられない。

素敵な真っ赤な心臓ありがとう。壊れそうな心臓を抱いて台湾に行ってくる。
またね。








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2015年12月15日火曜日

銀の雨




外に出ると銀の雨が降り始めていた。
息子バッタから滅多にお願いなどされないから、なんとか手に入れたいと思っていた。しかし、携帯のメッセージある製品名はちっともちんぷんかんぷんだった。

日本の秋葉原になら売っているものだよ。

そんなことを言われても、ここはパリ。
トランジスタIRFP250nにラジエーター、そしてDJトランス1503。
電気部品を販売している店など、どうやって見つけ出そうか。

幾つかの店に電話をするが、携帯電話の部品を扱っているだけと言われてしまう。漸くオフィスからも程遠くない場所に一つ、ちょっと離れているが郊外電車の駅なので帰宅前に寄るには好都合の店が一つ見つかる。

ダメ元で行ってみよう。

そうして早々とオフィスを出て夜の街に繰り出す。

雨の中を足早に歩きながら、変に胸騒ぎがした。これは、まるで先週の場所に向かっているのではないか。

雨脚はどんどん強くなる。借り手のいないうらぶれた店先に入って場所を確認する。どうやらもうちょっと先らしい。早いところその場所に行ってしまおうと思っていた。想像していたよりも歩くには遠く、そして、本当に先週歩いた場所に近づいていた。

ここを右かなと思って曲がるが、どうやら通りは暗い。店の前には鉄格子のシャッターが下りている。もう早々と店じまいをしてしまったのか。それとも店を畳んでしまったのか。電話をしなかったことが悔やまれた。

さあ、次の店に行かねば。
となると、確実に先週歩いた軌跡をたどることになる。

したたかに降る雨にぐっしょりとオーバーが濡れ、重くなってきていた。雨のせいで、うつむき加減になる視線を一層うつむかせて、さまよわせる。

ない。どこにも気配はない。

ふっと顔を上げる。

そうか。すっかりと銀の雨が洗い流してしまっていたのか。

ぬらぬらと濡れて黒やかな通りにノエルの青いイルミネーションが印象的な駅の入り口が見えてくる。思い切って入ると時間帯が違うからかすごい人混み。すっかりと名残さえもなくなっている中、足早に次の目的地に急ぐ。

振り返らずに。







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2015年12月13日日曜日

最後の言葉




もうこれからは何も言わないと思う。
だから、最後だと思って聞いてね。

さっきの態度は何なの。マリ(バイオリン教師)に何を聞かれても、ろくな返事もしない。親として恥ずかしかった。ママだって大変な思いをして金曜の夜は会社から帰ってきて、あなた達をレッスンに連れて行くのよ。先生だって、金曜の夜は夕食も食べないでレッスンをしてくれているって知っているでしょう。それが先生の仕事で、それで報酬を得ていることは確か。でも、それでもああいった態度をされると、さすがの先生も「やる気がないなら帰ってください。」となるよ。

あなたにとっては、もはやバイオリンは楽しみでもなくて、自分のやりたいことの障害でしかない。宿題ができない、友達と会えない、スポーツの試合に行けない、とにかく、バイオリンをしたい気持ちがなくなってしまっている。

それならそれで、いいのかもしれない。もうやめればいいのだと思う。

でも、本当にそれでいいの?

音楽は宇宙の秩序を表現している。

あんなにやる気がなさそうにしていても、一旦弓を持って弦を弾くと、宇宙まで届く音の粒が流れ出すじゃない。あんなことママにはできない。きっとそれができるあなたにとって、バイオリンを弾くことは、すごいことなんだと思う。今は気が付かなくても、あなたの人間形成上、何か大切なことがあるんだと思う。

だから、あなたの態度がひどくても、連れて行っていた。けど、それを自覚してね。本当にあの態度はないよ。もう16歳。親がどうのと言う年齢ではない。自分の人生をしっかりと歩み始めているのだから。だから、自分の態度にも責任を持って、その影響もしっかりと受け止めるのよ。
さあ、これがママからあなたへの最後の言葉。


大きな溜息が聞こえる。

もしかしたら、これから最後の最後の最後と続くのかもしれない。けれど、最後の一つであることは確か。もしかしたら、じゃあ、バイオリンを止める、と言うかもしれない。それも彼の人生。自覚をしなくてはならないのは、私の方か。


いつもより温かな冬の空を仰ぐ。








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2015年12月12日土曜日

ミュスカデ



携帯を覗いて驚く。「もう、こんな時間!ごめんなさい。もう行かないと。」


不思議な時間であった。数週間前に日本の知り合いからLineで連絡があり、仕事を紹介したいからと、ある人物とのミーティングをアレンジしてもらっていた。確かに、あの時「珈琲でも飲みながら」との言葉はあったが、非常にありがたく謹んでお受けしていた。

待ち合わせの時間に遅れそうなので、慌ててLineで10分遅れの連絡を入れる。最初の印象が肝心。慌てて走り、待ち合わせのカフェに行くと、時間ぴったり。そんなものなのか、と思いつつ安心して相手を探そうとカフェ入り、携帯を確認するとメッセージ。「ごめんなさい。私も遅れています。今、出ました。」なんだ。それならそうと早目に連絡をもらっていれば、こうも慌てずに済んだのにな、と思う。


その間に、夕食を約束している出張で来ている友人に簡単に連絡を入れる。

「19h30に現地集合でいいかしら。今、オペラでミーティング中。終わった段階でSMSを入れるね。」

北駅に宿をとったという友人。「海の幸、チーズフォンデュ、北アフリカ料理クスクス、タジン、タイ料理、リヨン料理」、と思いついた順に並べた選択肢の中から、最初の「海の幸」を選んでくれていた。冬のシーズンならではの『生牡蠣』。以前、友人たちと一緒に行ったビストロにしようか、と検索してみると、前回の射撃テロ事件があった場所の近く。北駅からは小半時間のところ。

牡蠣だけではなく、ロブスター、蟹、巻貝と食材も豊富。でも気軽に行くというよりは、ちゃんと予約を入れて、背筋を伸ばして行く場所ではある。他にもいろいろと検索してみるが、せっかくなので美味しいところに招待したかった。取り敢えずは、このビストロ候補を連絡する。「住所に問題なければ」との一言を添える。

返事はすぐに来る。「そこがお薦めなら、そこでいいよ。」君がそこに行きたいなら問題ないよ、といったところか。

北駅とは言え、せっかくパリに来ているのに、そこから小半時間も掛けたところに行って帰るのは申し訳ないし、場所もスノッブではないが、どうもしっくりこない気がしてきた。慌てて別の場所を連絡する。「ここに変更。とってもカジュアルだけど美味しそう。いいかしら。」今回も即答、「D’accord !」オッケー。


面談相手は約束の時間を30分以上遅れてやってきた。長々と自己紹介が始まり、パリと日本を挟んでの今の仕事の大変さを延々と語る。「今回お探しのポストは具体的にどういったものなのでしょうか」と、単刀直入に聞いてみる。すると「ああ、そのポストは昨日もう決まってしまったのですよ」と簡単に言えばいいところ、その一言を伝えるために、また長々と色んな話が始まる。漸く、この面談は全く必要のないもので、本当にちょっと「珈琲」を一緒に飲んで、よもやま話をするためのものであることを理解する。

しかし、だからといって「では」とも言えず、相手の功績話、困っている話、大変な話とやらに耳を傾ける。そうして、ちょっとしたタイミングに携帯を覗いて、もう20時を過ぎたことを知る。

慌てて、友人と約束をしていたことを告げ、面談のお礼をし、走り出す。携帯は20時15分を告げているだけで、彼からの連絡は何も入っていない。面談が終わったらSMSを入れるなんて言わなければ良かったのか。大慌てでSMSを入れる。

「ごめんなさい!今終わりました。すぐに駆けつけます。今、どこ?」

返事がない。電話を入れる。国際電話になろうが、今はそんなことはどうでもいい。連絡なしに30分以上待ち合わせの場所に現れない非常識をしてしまった自分に信じられない思いでいた。なんと、電話は切られているのか、オペレーターの言葉が聞こえてくる。まさか怒って帰ってしまったのか。今度はメールを入れる。

「本当にごめん!!!!今向かっている。待っていて。お願い!!!」

携帯が震える。SMS。
「Coucou(やあ)。大丈夫?今夜の食事、難しそうだったら別の機会にしようか。」

ああっ!
走りながら震える指で返事を書く。

「今向かっている。本当にごめんなさい。今どこ?そこに行く。」
「ごめんなさい。」
「あと5分。」

立て続けにメッセージを入れる。

「その辺を歩っているところ。」
「OK」

私のどのメッセージにOKなのか。レストランに入らずに外で待っていてくれたのだろうか。

降りたメトロの駅で道を確認し、後は走る。
思った以上の裏道で、人通りは少ない。すっかり夜になった道に彼の姿は見えない。やはりありえない。遠方から来ているのに、連絡なしに長いこと待たせてしまったなんて。一時間近く外で待たせたことになるのか。漸くレストランのちょっと手前で、こちらに向かって歩いてくる笑顔を見つける。

「ごめんなさいっ!!!」

謝り続ける私に、せっかく会えたのに、そのことばかり話してもつまらないから、もういいよ、と笑顔が返ってくる。レストランというよりも、ブルターニュの厳しい自然の中に現れたようなこじんまりとした牡蠣専門店。潮の香りに包まれ、この場所を選んで正解であったことを感じる。先ずは再会を乾杯。

きりりと冷えたフルーティながら辛口のミュスカデ。

笑顔が広がる。







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2015年11月28日土曜日

夜汽車の人


テロ事件の影響に違いなく、ちょっとした不審物があると電車が止まってしまう。特定区間で一時運行を停止することが頻繁に見られ、また何故か最近信号トラブルによる区間の運行停止がこのところ多い。前回の連続テロ事件の主犯が次のターゲットにしていた場所を通るからだろうか。私の通勤路線が影響を大いに被っている。


仕方がないので、パリ郊外環状線を使ってみることにする。回り道となるが、取り敢えずは電車が動いていることを頼りに、こんな田舎路線で途中下車となれば無人駅でタクシーもいないことが頭を掠めるが、乗り込む。終着駅で乗り換えることになっていた。


驚くほど清潔な車両は仕事が出来る程の明るさで快適。4人乗りの各コンパートメントに一人使用が目立つ。駅に停まる度に、誰かが降りる。駅名を確認しながら、車で通りこそすれ、駅の存在すら知らなかったことに驚いてしまう。

ほどなく着いた終着駅は煌々と森の暗闇を満月が照らしており、ひっそりとしていた。ばらばらと降りた人は家路を急ぐのか、もう姿が見当たらない。心もとなくなる。プラットホームはここしかない。では、反対側に電車が来るのか。一人佇んでいると電車から運転手らしき男性が降りてくる。声を掛けると意外な答えが返ってくる。

電車は、駅に行かねば乗れない、と。

では、ここは駅ではないのか。


示された方向に歩いて行くと小高い丘に確かに路線橋らしきものが白い蛍光灯の光の下で光っている。では、あれは車両の屋外パーキングだったのか。何のアナウンスもなく、しかも暗闇が多くを占める中で、何も知らない人は迷うであろうと他人事のように思う。


窓だけが昼間の光をたたえて電車が静かにプラットホームに入ってくる。


夜汽車の人となる。


別世界に誘われ、迂回した疲れは忘れ去られ、旅への高揚感が胸を満たす。







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2015年11月24日火曜日

慌てずに待つ







急いでメトロに駆け込むと、既に二件のSMSを受信している。どうやら相手は既に待ち合わせ場所に着いたらしい。約束の時間より15分も早い。

こちらは早く駆けつけたい気持ちはあっても、恐らく早くて15分遅れ。相手を30分待たせることになる。

「今、飛んで向かっています。」そう返事をする。

乗り継ぎのタイムロスを少なくすべく、駆け足になる。が、プラットホームに入った瞬間、これはまずい、と悟る。どうやら危険物回避の為、利用路線の一部が不通。約束の場所に辿り着くには、迂回し別の路線を乗り継ぎ、どこかでタクシーを拾うしかない。泣きそうな思いで電話をする。と、あっさり、仕方ないよ、との返事。

「私が良くない!」と叫んでみても、どうあがいても約束の時間はおろか、今日中にはたどりつけそうにない。

タクシーで駆けつけると言うと、そんなに無理しても一時間以上はかかるのだから、と言われてしまう。

どうして、そう簡単に諦められるのだろうか。どうして待っていてくれる、とか、迎えに来るとか言ってくれないのだろうか、など、思ってしまう。そして、相手だって約束を反故にされるのだから、いわば被害者ともいえる立場なれど、何ら提案も、救いの手も差し伸べてくれないことに、怒りさえ感じてしまう。


取り敢えずは、この場を脱出せねば。漸く頭がそちらに動き、次のアクションの為に身体が動き始める。プラットホームを動かない人々は、いつ動き始めるか分からない電車を待つことにしたのだろうか。

近くの別路線の駅に行こうと判断し、その方面に足を進めるが一向に駅のサインが見えてこない。駅員をつかまえて聞くが、あそこのエスカレーターを上って、右に、としか教えてもらえず、エスカレーターを上がって右に行くと、そこには氷雨が降る夜が待っていた。

なんとも惨めな話ではないか。

思い切り雨の中彷徨うが、まさに言葉通りさまよってみても、目的の駅は見つからない。
プラットホームでじっと動かずに待っていた大衆を思い出す。そうか。慌てずに待つことも選択肢の一つではないか。

改めて慌てて辿った道を戻り、のんびりとプラットホームに戻ってみる。と、丁度電車が滑り込み、構内アナウンスは次の駅で停車と注意喚起のメッセージを流しているが、乗ってしまう。電車内では別のアナウンスが静かに流れ、なんと、約束の場所まで問題なく動いていることが分かる。それでも、約束の時間を大幅に遅れてしまっての到着となる。そして、相手は既にその場を離れてしまっている。


夜の雨の中をさまよったことが奏功したのか、それまでの焦りの気持ちがすっかりとなくなっていた。


また別の日に会うことにすればいい。
慌てずに待つことも選択肢の一つではないか。







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2015年11月17日火曜日

L’art c’est encore le goût.








ちょっとした身勝手な贈り物だったのに、翌日、そのお返しを頂いてしまう。


緑が基調の包装がトレードマーク。一度、日本にお土産を選んでいる母に奨めたが、バッタ達の父親と同じ名前とかで、変に未練があるように思われるのも癪だからと、正直分かるようで分からない理由で購入していなかった。フランスでは良くある名前だし、だからこそ、大抵姓名一緒のパッケージで一人の名前として扱われることから、大して気にする必要もない。しかし、そう言われたら、却って、こちらも買うのもおかしく、それ以来、お店に立ち寄ってもいなかった。


緑の細長い箱に黒い帯。何とも言えない高級感。しかも、帯の接着部分が分からない繊細さ。中には、大きさや形、色が異なる4種類が、ぴしっと行儀よく並んでいる。


宝石のような緑の楕円の粒を口にすると、先ずは舌の上でとろけ出す柔らかさに驚いてしまう。そして爽やかなヴェルヴェンヌとライムの香りが口中に広がる。この柑橘系とキャラメルのような味わいという、思いがけない出会いに驚きとともに感動。フランス随一のチョコレートと言われるだけのことはあるか。


ふと手にしたカタログに挟まれていたカードは、ロダンの白い大理石の『接吻』。

『L’art c’est encore le goût.』

芸術(彫刻)の趣をチョコレートの味に掛けるなんて、すごいセンス。
でも、この作品。キスの味が伝わってきそうな濃厚さ。シェフの天才的な感性に感服。


初めてフランスを訪れた年。もう二十年以上も前のこと。カミーユクローデルの映画を観に行き、魂が揺さぶられる思いをしたことを思い出す。フランス語でどこまで分かったのか、分からなかったのか。情けない男、ロダン。天才的な、しかしあくまで女でしかなかったカミーユ。そして精神的に病んでしまう辛い最期。


その後、ロダン美術館を訪れ、カミーユの作品が展示されていることに驚きを禁じ得なかった。いや、その記憶もあてにならないか。父親の職場が近いこともあって、バッタ達を連れて行ったことがあるが、未だ幼くて、それこそ彼らの記憶には残っていまい。


この天才シェフに誘われて、チョコの彫像を見にロダン美術館にバッタ達を連れて行ってみようか。


また別の味わいを持って楽しめるかもしれない。

L’art c’est encore le goût.




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2015年11月15日日曜日

明日







それでも明日は来る









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2015年11月11日水曜日

晩秋の朝







朝焼けに染まった松の木肌。

その柔らかさに、思わずベッドから抜け出てきた儘の格好で外に飛び出す。

迎えてくれたのは爽やかな木立の香り。










庭の片隅では、深紅の薔薇が一輪、気高くもひっそりと朝焼けに染まっている。





あの松のように、何があってもでんとして動かず、
あの薔薇のように、誰にも気づかれずとも凛として咲き誇る。



できることならば、ぜひとも、そうなりたいものである。

晩秋の朝に思う。









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2015年11月8日日曜日

夜空には静かな風



「ふうん。それで、パパの機嫌は良くなかったの?」
「ちょっとね。でも、大丈夫。だって今週バカンスに行くんだもん。」
「ああ、そうね。でも、仕事でしょ。」
「ううん。アンヌも一緒だよ。」

ママの表情を読み取ったのか、息子バッタが強張る。

一体、どうなっているのか。部下の仕事を横取りして、今週、長女バッタの留学先に父親が行くことは知っていた。全く彼らしい立ち回りの良さ。父親だし、上手く仕事で行けるなら、その合間に娘に会うぐらい当然であろう。ところが、だ。パートナーの女性も一緒とは。

「ちょっと待ってよ。」声が大きくなってしまう。
「ママは聞いていない。」

でもね、
「世の中、全てのことを知らなくてもいいの。
そして、全部ママに教えなくてもいいのよ。」
そういう親に、どう対応して良いのか分からないバッタ達。


そもそも、週末の話からおかしかった。末娘バッタの企業研修の話を、パパのところの招待客にケチつけられたとかで、末娘バッタがくさっていた。そんなことにケチつけたのは、誰よ、との話になれば、アンヌの父親の新しい奥さんだ、という。それで、話を聞いてみると、日曜のランチにアンヌの両親たちが揃ってバッタ達の誕生祝いをしてくれたと言うではないか。

バッタ達二人の誕生日。それをパパのところで祝う。それは、それで有難いことだし、感謝すべきこと。でも、パートナーの女性の両親を招待しての誕生パーティー。何かおかしくないか。


「ママ、この話をしても、誰も幸せにならないの。だから、この話はやめよう。」末娘バッタが言う。

「だって、変じゃない。なんで、あなた達の誕生パーティーに、アンヌの両親が呼ばれるの?」


そんな話をしていた矢先のこと。

勿論、アンヌにしたら、彼が海外出張に行くので、せっかくだから一緒にバカンス、なんだろう。しかし、何故に、留学している娘のところに、二人で雁首揃えて行くのか。


丁度一週間前、留学してから初めてスカイプをした時、「ママ、ノエルはどうするの?良かったら、来ない?」そう言った長女バッタの声が今になって鮮明に耳にこだまする。


泣かないって約束したのに、ママは泣いている。
夜空には静かな風。







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未明の空を仰ぐ




目覚まし音の前に目覚める。
窓の外がぼんやりと白んでいるが、夜の帳は下がったまま。体内時計が未だ夏時間の名残をとどめているのか、或いは、緊張感からか。

このところ、ぼんやりする時間どころか、寝る時間もままならない日々。
おっと、バスが行ってしまう。急がねば。

先ずは、末娘バッタの部屋に入り、足の指をそっと握る。
かすかな反応。「いってらっしゃい。」寝ぼけ声が聞こえる。

次に、息子バッタの部屋に入る。
足元を軽く叩く。「お誕生おめでとう」
暗闇の中から両腕が伸びる。
一瞬躊躇する。が、すぐに声が出る。「ごめん。ママ、もう行かないと、バスに乗り遅れちゃう。」


バス停までの坂道を駆け上がりながら、16歳になった息子バッタを思う。
母親として誕生日にしてあげられることは、こうして精一杯生きている姿を見せることだけ。

感傷的になりそうな自分を抑え、未だ明けることのない空を仰ぐ。
ひんやりとした空気が甘い。




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2015年10月31日土曜日

確かな予感







半ば眠りの中でメールを確認し、返事を書き、暫しまどろみ、車の揺れで駅に着く頃と身体が反応し、席を立つ準備をする。ぼんやりとバスを降りて、視界に広がる燃え立つ空に立ち止まってしまう。

空が燃えている。

慌ててシャッターを切り、そんな酔狂な通勤者が自分一人だけであることに、驚きを覚える。

後ろ髪を引かれる思いで走り去り、階段を転がるように駆け下り、プラットフォームに滑り込むと、丁度電車が動き始めたところ。

いつもなら、呆れるか、自分の馬鹿さ加減にイラつくかするのに、電車に乗り遅れる程の価値があったと開き直る思いの方が大きく勝る。そして、もう一度あの燃える空を見に行こうかとさえ考えてしまう。

確かな予感を覚える。
そこはかとない幸せ感が胸を満たし、そっと瞼を閉じる。






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2015年10月24日土曜日

思索の森






静謐さの中に時の流れを思う。


日増しに色調が濃くなり炎のような色に染まっていく蔦の葉。

薄明るい朝の光の中で、
輝かしい日中の日差しの中で、
日が傾いて全体が優しく色が落ちていく中で、

或いは、

吐く息も白い冷たさの中で、
暖かな太陽の日差しに汗ばむほどの中で、
しっとりとした夕闇の中で、

その色を変えていく。


時は留まることを知らず、
人は時に永遠を願う。


変わらないものは一つもなく、
暮れない日はなく、明けない夜もない。
確かなことは、その絶え間なく移ろいゆく時の流れ。
確かにこの手にあったぬくもりは、いつかは消え去るもの。



秋は人を思索の森に誘い込む。






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2015年10月21日水曜日

一日の始まり



時刻を確かめると、いつもよりほんの少しだけ早い。
メールを見始めると遅れてしまうかもしれない。
なら、ちょっとだけ早く出ようか。


ドアの鍵を開け、また丁寧に閉め、外を振り向けば満天の星空。
日はこんなにも短くなっていたのか。
蔦の葉の色だけでなく、頬を過ぎる朝の空気だけでなく、早朝の星空に、しっかりと秋の深まりを感じる。


バカンスで閑散とした通りに、シルバーペンギンが所在無げに佇んでいる。フロントガラスは結露しているが、まだ霜が降りたり、氷が張っているわけではない。


オレンジ色の街路灯がまぶしい程に、バス停までの坂道を照らしてくれている。


時間が十分あるのに、つい、いつもの通りに駆け足になってしまう。
ベッドの中に置いてきた温もりを振り切るかのように。


そうして、星空のことも、真っ白なフロントガラスも、まばゆい街路灯の光も、頭から消えてしまい、確かな重みで駆け上がってくるバスの中に吸い込まれていく。


一日の始まり。




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2015年10月20日火曜日

上弦の月




何度読んでも、幾つものシナリオが浮かんでしまって、
本当のところ、伝えたいメッセージを確実に把握しているのか分からない。
いつものように、自分勝手に読みたいように解釈してしまっているのだろうか。



深みのある文章は幾つもの意味合いを持っている。
と言うのも、読み手次第で解釈も変わるものだから。



つまるところ、色んな角度で立体的に解釈したいと思う読み手の存在こそ大きい、といったところか。



L'acte est vierge, même répété.



乗客もまばらな夜の闇を走るバスに揺られながら、心の芯の熱さを持て余す。
見上げた夜空に、上弦の月。







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2015年10月19日月曜日

彼女の人生






ちょっと飲まない、ってことになって、
気が付いたら女友達4人。皆好き勝手な話をして大騒ぎ。

と、一人がやけに絡んでくる。
「いいよねぇ。自由なんだもん。ねえ、彼氏は? もったいないよ。早くいい人見つけなよ。」
そして、だれそれは恋人ができて幸せに過ごしているとか、つまらないことを言い始める。

別にさぁ。私が淋しそうにしているって? もの欲しそうにしているって?
そう言いたくなる気持ちを抑え、酔っ払いの話ということで、聞き流していた。
それでも、しつこく、彼氏の存在を探ってくる。

そのうち、皆、門限があったり、そろそろ帰らなきゃモードに。
絡んできていた彼女が、車なので酔いを醒まさなきゃ、と一人残る。
そして、ぽつり、ぽつり、と語りだす。

夫婦だからといって、全てを話し合うわけでもなく、金銭面で支え合っているわけでもないらしい。

聞いていて、ああ、彼女は自分が自由になりたいんだな、と思う。ひょっとしたら心惹かれる相手との出会いがあったのかもしれない。

そうね。
皆、色々あるよね。それが人生、なのかな。
まあ、今手にしている人生を大いに楽しもうよ。ね。
さあ、元気を出して。
応援しているよ。







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2015年10月18日日曜日

鶏胸肉と人参のビーフン







二週間の旅行に出る息子バッタ。
シャイな彼には珍しく、自分からスピーチコンテストに出場し、入賞。その副賞がなんと二週間の中国旅行。うまいことに長女バッタの留学先にも立ち寄る旅程となっていた。

出発は土曜の午後。その当日の朝から一緒に買い物。前の週末はパパのところなので、旅行の準備もできなかったと言えばそうなのだが、パパと一緒に買い物に行って、準備してもよさそうなもの。まあ、うるさいことは言うまい。

旅先で必要な歯ブラシ、歯磨き粉、デオドラント、シャンプー、整髪剤、下着、ビスケット。お世話になるご家庭へのプレゼント。リストは尽きない。

ところが、スーパーの入り口でパパから彼に電話。まあ、旅に出る息子に一言なのか、と思っていたが、どうやら学校の話をしているらしい。これが長電話。こちらは、一緒にいながら、リストの商品を探し、声を出さずに、電話の相手を気遣っている。バカバカしくなってくる。さっさと必要なものをカートに入れる。

パパとの電話が終わるころ、リストの品物も全てカートに入る。

と、ソシソンを買わなきゃ、と息子バッタ。
長女バッタから、フランスから持ってきて欲しいと、言われたらしい。なるべく細いものをご所望とか。笑ってしまう。そう言えば、彼女が北京に発つ前の日の壮行会の夕食は、カレーを所望された。


我が家に帰ってきて、せっかくだからと、あれもこれもと長女バッタ用に袋に入れて息子バッタに渡すと、溜息が返ってくる。

つい大声を出してしまう。

そもそも、スーツケース二つOKなのである。一つは遠くに一人でいる長女バッタの為に持って行くぐらいの優しい気持ちはないのか。末娘バッタがいそいそと長女バッタに言われた靴やら洋服を準備していると、そんなもの持っていけないと大騒ぎしていた息子バッタ。全く情けない。

だいたい、ママと買い物にいっている間中ずうっとパパと携帯で話をしているなんて、そんな失礼なことをする馬鹿とは、もう一緒に買い物もしたくない、空港にも連れて行かない、何もしてあげない、と啖呵を切る。


暫く、写真の整理をしていると、掃除機の音が聞こえてくる。息子バッタ。洗濯物を片付け、机の上を綺麗にし、掃除機をかけているらしい。

そう言えば、この間はビーフンを夕食に作ってくれていたっけ。綺麗にスライスされた人参と赤いトマト。ぶつぶつ切りの鶏の胸肉。今度は、そぎ切りを教えてあげなきゃ、と思う。彼のラーメン以外の最初の手作りの一品がビーフンであったことに、感慨を覚える。


さあ、もうお昼。彼の出発前に、何か作らないと。
深まる秋の日差しがゆるやかにキッチンに差し込み始める。







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2015年10月15日木曜日

返歌







えっ。
サイトで場所を確かめてドキリとする。高級ビストロではないか。美味しいワインが飲めるはずだから、と、そこを予約した理由がさりげなく書いてあったが、どうやら、ジーンズで気軽に行くようなところではなさそう。一体どうしたというのだろう。なんだか、覚悟して臨まねばと、緊張感が走る。


そもそも、先週、「パリの仕事を遠距離で続けることになったよ。だから、パリにも頻繁に行くことになりそうだ。その時には会おう。」とメールをもらっていた。何となく予感がして、すぐに返事を書いた。

その人の代わりがいない、なんてことは決してない、なんて言うけど、ほらね。やっぱり皆、あなたを自分の傍に置いておきたいのよ。パリに来た時には教えてね。Chateau Lagrezetteの2009年を取っておいてあるから。どう?魅力的でしょ?まだまだ書きたいことはあるけど、取り敢えずこのメールを送ります。早く「coucou(今日は)」を届けたいから。

実は、長々と月と太陽についての思いを書いたのだが、なんだかおかしいので全部消してしまっていた。


すると、翌日返事が来る。
「やあ、今晩は。
そうだね。Chateau Lagrezetteの2009年にはとっても興味があるよ。でも、それよりも何よりも君と一緒に、今ある世界の状況を語り合えるってことに魅かれるよ。
ビズ。またね。」


おっと!そう来たか。
でも待ってよ。これって、、、。
そもそも、先日のメールからして気になっていた。海外に転職し、新天地から無事に着いたとのメールをもらい、その後、漸く落ち着いた旨のメールをもらった時に、これまでのアカウントは仕事関係に使うので新しいアカウントを作った、これからはこちらを利用するようにと書かれていた。そして、近況をぜひ教えて欲しい、君からのメッセージはいつだって嬉しいよ、と。


勝手に思い込んで突っ走ることは、自分でもよく知っている。だから、今回は慎重にしようと思いつつも、ついつい自然と自分の都合の良いように頭の中で思いが駆け巡る。


ただ、どう勝手に想像したところで、相手あっての話。そう思っていたところ、予感が的中し、今週月曜になって「到着」のメールが届く。厳密には日曜の夜に送信されたもの。

今夜パリに着いた。今週どこかで会えないかな。夕食が一緒にできれば嬉しいけれど。


そこで、金曜以外は大丈夫と書き送れば、それは良かった。火曜の夜にしよう、と返事がくる。火曜は都合の良いことに、パリ市内で夕方に打ち合わせ。終わったら、さっくりと帰宅しようと思っていたので丁度良い。すると、レストランでいいかな。何が食べたい?どこか行きたいところはある?と質問が入る。ただ、月曜はかなり遅くに帰宅し、頭は飽和状態。とにかく、何も考えられなかったので、そう伝え、時間と場所を指定してもらえれば、そこに行くのでお任せします、と書いたところ、予約したと伝えてきた場所をみて、驚いてしまったというのが、この文章の冒頭部分。



果たして。
当日、予定の打ち合わせが早く終わったので、一旦オフィスに戻り仕事をしていると、夕方6時半過ぎにSMSが入る。「今パリのホテルに戻ったところ。7時過ぎに現地で落ち合うことでいいかな。」
了解、そう思って現地に向かう途中、電話が鳴る。「大丈夫?問題ない?さっきSMSしたけれど、返事がないから心配していたんだけど。」おっとっと。ごめんごめん。今向かっているところ。国外の携帯番号なので連絡をしなかった自分のケチさを反省。レストランの丁度手前の道から歩いてくる彼とばったり出くわす。大きく手を振って合図をしている。円満の笑み。


うっかりと身勝手な思い込みをしないよう、緊張する。自分で自分の罠にはまってはなるまい。


渡されたメニューを見て、一瞬固まる。「さあ、せっかくだから二人で楽しもうよ。ここは僕に招待させてね。」引っ越し先の国の様子を聞くと、「とっても上手くいっているよ。それを今日は一緒にお祝いしたいと思って!」とくる。まあ、あまり深く考えてもしょうがない。それでも、一品ごとに新しいグラスワインが運ばれ、その度に乾杯。


本来なら、相手の目を見て、微笑みながら乾杯するのだけど、どうも目を合わせることができない。すると「なんだか緊張しているみたいだね。」と言われてしまう。仕事のせいにしてしまう。そうしているうちに、いつも通り話が弾み、色々な話題にお互い笑い合う。好き勝手に自論を展開し、それを批判し合ったり、称賛し合ったり。


グラスを何回合せたろう。すると、ふっと頬をなでられる。「緊張が抜けたようだね。良かった。」と。


フィニッシュの珈琲を飲みながらも、話が尽きない。二人とも随分飲んでしまっていた。毎回、彼のグラスには新たに黄金や濃厚な赤が注がれていたので、私の二倍は飲んでいるだろう。ごちそうさま、とお礼を言って外に出る。冷たい空気が頬に心地良い。


次のメトロまで歩いて酔いを醒ますかと思っていたが、どうやら二人とも同じ駅。歩きはじめると携帯が鳴る。鳴りやまないところを見ると電話。こんな時間に、と画面を見ると息子バッタ。「ママ、どこ?」えっ?今夜、夕食をしてくるって言っていたじゃない。パリよ。と言えば、「えっ!なんだって?僕、今日は学校で演劇を見るから、夜は迎えに来てってお願いしていたじゃない。寒いよぉ。」情けない声が聞こえる。しょうがないな。友達にお願いするか、タクシーか、或いは歩いて帰ってきてよ。そう言いながら、プラットフォームに入ってきた電車に二人で乗る。まったく子供ってね、と話をしているうちに、次の駅についてしまう。ここで降りなきゃ。慌てて挨拶のキス。ありがとう。またね。
電車を出たところで、ぐっと腕を掴まれる。瞳が何かをいいたそうにしている。


乗り継いだ電車の中で酔いが快く回ってくる中SMSを書く。
「素晴らしい夕べをありがとう。まだ楽しんでいる。とても良く選ばれた最高のワインと優しい笑顔に。」


我が家に着いた頃に返事が入る。
「今夜、喜んでもらえていると嬉しいけど。君と一緒で最高に楽しかった。ビズ。」


翌日、夜にメールが入る。
「昨夜は会えて本当に嬉しかった。
なんだか最初、君は緊張していたけど。
楽しい時だったね。
君は僕の心の奥深くにいる大切なひと。
メトロでの別れは余りに短か過ぎた。
本当はしっかりとこの腕に抱きたかった。
君の友であることは、またとない幸せだよ。
ビズ。」




いつか、与謝野晶子の歌でも送ろうか。
柔肌の 熱き血潮に 触れもみで 寂しからずや 道を説く君


いやいや、せっかくの楽しい関係。ここ暫くは、ラテンっぽく楽しもうか。

それよりも、何よりも、逆にその気になられたら、どう対応すべきかと困ってしまっていたからの、レストランでの緊張ではなかったか。
まったく、いい加減で呑気なものである。苦笑が漏れる。


何はともあれ、ボンボヤージュ。元気で。そして、また近いうちに。







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2015年10月11日日曜日

エールを送る






真っ赤になった目元にはっとなる。
懸命に上を向いている大きな瞳。必死で涙をこらえているのだろう。

電車の中。
ドアの人だまりを挟んで斜め横に座っている。
他人をじろじろ観察しちゃいけないとの道徳観が働き、目を逸らす。

数ヶ月前の我が身を思う。あの時は、欲しかった労りの言葉にほろりとしてしまった。
数年前は運転の途中で、これは誰もいないことをいいことに、運転に支障が出るのではないかと思える程大声で泣いた。その後、同じように号泣している女性ドライバーを目撃し、憐憫さよりも危険を感じ、以後、そんな乱れた運転はしていない。

暫し、昔に思いを遊ばせていたが、また、斜め横に座っている彼女に目がいってしまう。
ぎっしりと目元を片手で押さえている。
二十代か。真っ白な肌が痛々しい程に真っ赤に染まっている。感情が高ぶっているのだろう。それでも、人前で崩れまいと懸命に堪えている姿。ここにきて急に寒くなり、私などウインドブレーカーにマフラーをぐるぐる巻きにして、漸く寒さから逃れているが、彼女は興奮しているのか、トレーナーのまくった袖からは、やはり赤く染まった真っ白な腕がにょっきりと出ている。

カフェで喧嘩でもして、そのままダウンも着ずに電車に乗ってしまったのだろうか。

何度目かの停車で、車両に人も随分と少なくなる。漸く目を押さえていた手を外し、放心状態で宙を見つめている。

喧嘩、じゃない。
別れ、か。

手離すことにより、新たな出会いがある。
そんなことは分かっている。でも、今、この手にある出会いを大切にしたいと思ってしまうのも人間。

人間が人間たる理由。


そろそろ目的地に着くのか、心が落ち着いてきたのか、肌は次第に元の白さを取り戻し、気が付いたようにトレーナーの袖を下ろす。おもむろに立ち上がり、ダウンを羽織りファスナーを締める。新たな戦いに向かう戦士のごとく、鋭気を養ったのか表情に力が戻り、目元はきりりと引き締まっている。

電車が次に停まると、夜の闇に吸い込まれていく。


エールを送る。





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2015年10月10日土曜日

宵のエトワール






急いでいる時に限って障害が同時発生してしまう。


金曜の夜はバッタ達をモールの森までヴァイオリンのレッスンに連れて行く日なのに、どうしても早く切り上げることが出来ない。
それでも、「ごめんなさいっ!中途半端なこと分かっています。でも、もう行かないと。」と、慌ててPCをオフにして、オフィスを後にする。
どれだけ勇気がいることか。


走ってメトロに乗り込み、RERのプラットフォームまで駆けつけて唖然とする。
どうもいつもと様子が違う。
金曜の夜の6時半の喧騒とはまた違い、騒然としている。
皆が時刻表パネルを見上げ、溜息をつき、電話を掛けている。
どうやら、途中の駅で火災発生。復旧は明日朝。


こうなったら行ける場所まで電車で行って、その後タクシーに乗ろう。
タクシー乗り場まで這う這うの体でたどり着いてから、そんな考えを持った人間は自分一人ではないことに漸く気が付く。果てしない列。まさか、この人たち皆がタクシーを待っているのだろうか。一人に声を掛けると、そうなんだよ、と返事が返ってくる。すぐに同じ場所に行こうとしていることが分かり、では相乗りを、となるが、そんなことをしても、いや、たとえ全員が相乗りをしてくれたとしても、この列を捌くだけのタクシーは、そう簡単に来てくれそうにない。現に、今も一台のタクシーがやってきて、オルリー空港に行くと言う一人を乗せて走り去ったばかり。その後、車一台走ってこない。


電話を掛けてみる。ひょっとしたら、と。
驚いたことに、相手が出る。事情を話すと笑い声が聞こえる。どうやら車でパリの中心にいるらしい。それならば、どこかで拾ってもらえまいか。
エトワールでなら拾えるという。30分後に。
エトワール。後戻りとなってしまう。しかも、30分後か。

長蛇の列と車一台通らない道をもう一度確認する。乗せていってもらおう。
同じ不運な環境下にあるという連帯感が皆を饒舌にさせており、仲間意識が芽生え始めていた。親しい仲間に別れを告げるように挨拶をし、その場を離れ、来た道を戻る。

混雑しているだろうRERは避け、メトロでのんびりエトワールまで出る。


エトワール。凱旋門を中心に放射線状に12もの大通りが走っている様が、まるで星のようだと名付けられた場所。


階段を駆け上がり、外に出る。


どうしてもレッスンに間に合わないと、と逸っていた気持ちが消え、自分の不運に舌打ちしたくなる気持ちもすっかりなくなる。

今は、この時を楽しもうか。
延々と続く赤いテールランプの流れ。
いつになるか分からないピックアップを待ちつつ、濃さを増していく群青の空を仰ぐ。






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2015年10月6日火曜日

雨上がりの夜道



小雨が上がった後の夜道を歩くのは悪くない。
自分の足跡だけがひとひととついてくる。

おぼろげな街路灯の柔らかな光で、
辺り一面の小さな水の粒子が弾けている。
しっとりとした草いきれがひっそりと立ち込めている。

と、道の真ん中に小さな影。
どうやら先客。

君も今のご帰還なの?
ちょっとお先に失礼するね。
我が家ではバッタ達が待っているんだよ。

ひょいっと飛び越える。

幼い頃、イニシャルをくっつけると丁度カタツムリの形をしているので、
トレードマークとして使っていたことを思い出す。
どうもご縁があるらしい。

ひっそりとした夜の輝きを後にする。




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2015年10月4日日曜日

秋の夜長に






タイムの枝が添えられたラグビーボール型の手のひらサイズのヤギのチーズ
これまた手のひらサイズの真っ白で柔らかな羊のチーズ
まろやかな中にピリッとした、個性をしっかりと主張するロックフォー
舌の上でとろそうな、極々薄くスライスされたジャンボンクリュ
ジャンボンペルシェ
そしてライ麦粉の香ばしさが高揚感をかきたてるパンドカンパーニュ

Chateau Lagrezetteのボトルを手にし、コルクを開けると2009の数字が濃厚な赤でしっかりと染め上がっている。


太陽の灼熱の輝きを一身に浴びて
煌々たる月


太陽と月で杯を交わす




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2015年9月27日日曜日

空は果てしなく青い







しっとりと濡れた下草を足裏に感じ
ゆっくりと醸し出される草木の吐息の中にラベンダーの爽やかさを感じ取る

雲一つない空は明けらんとしており
やるべきことは山積みながら
本当のところは何もすることがないような思いに囚われ
次第に濃さを増していく空を仰ぎ見つつ
焦燥の思いに駆られる。

太陽の日差しに変化を感じ、
まどろむ朝に時の流れを感じない地域の人々は、
年月をどう捉えていているのだろう。

ハリケーンが襲うこともあろうか。

そうなると、何の変化もない地域など、この世には存在しないのか。
ああ、般若心経の世界か。

色即是空、空即是色
Vanitas vanitatum et omnia vanitas.

空は果てしなく青い




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2015年9月24日木曜日

四人兄弟






この九月から北京大学に一年間の奨学金を得て北京語を学びに行っている長女バッタからメッセージが届く。

18歳未満なので、滞在許可証を申請する際、現地の後見人が必要であることが現地で手続きをする際に判明。双子の妹一家は北京語圏とは言えど、台湾。中国大陸広しと言えど、知り合いが一人もいないことに気が付き愕然とする。知り合いの知り合いを紹介してもらう。日本人女性で中国人の旦那と5歳のお子さんがいるとのこと。どうやらその方から無事身分証明書のコピーをいただけたらしい。その方にお礼のメールを書いたので、ちょっと見て欲しいと言う。

こんなに日本語の文章が上手に書けるのか、と正直感心してしまった。未だ会ったこともないのに、突然のお願いを快く引き受けてくださったことへの感謝の言葉が素直に綴ってある。毎日忙しくて、ホームシックになる時間もないと書いてある。その方のメールアドレスが写真付きなのか、可愛い男の子の写真を見て、ぜひ次回、お忙しい時などベビーシッターをするので声を掛けてくださいとある。「四人兄弟」の一番上であり、年下のいとこたちも多いので、子供達と遊ぶのは大好きです、と。

違和感を感じる。そうか。「兄弟」ではなく、「きょうだい」にしないとね、と思うが、いや、そんなことにではない。

ひっかかる。
そうだよ。馬鹿だな。なんで四人なの。三人じゃない。でも、そんなこと、間違うものなのかしら、と思った瞬間、閃く。

彼だ。
パパのところの、あの坊やを数に入れているのか。そりゃあ私の子ではないが、長女バッタにしたら、間違いなく弟。律儀さ、なんかではなく、本当に弟として思っているのだろう。痛みとも違う、表現しにくい何かが心を打つ。


無理しないでね。悲しいことや困ったことがあれば、何でもママに言ってね。空港で別れ際、彼女にそう言うと、「絶対そんなこと言わないよ。」と強気の言葉が返ってくる。辛くて泣いてもいいんだよ。人間、みんな辛い時もあるんだし、それが普通なんだよ、と言えば、「大丈夫。」と。そして、泣き言を言い始めたら、一人で頑張れなくなっちゃう、とつぶやき、にっこり笑って一人機上の人となる。

加油!
ママも未だ泣いていないよ。元気でね。一年後に会える日を楽しみにしているよ。







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2015年9月22日火曜日

我が家の天からの恵






毎年レインクロード、ミラベル、クエッチと天からの贈り物を授かる我が家の庭だが、今年は、どうもぱっとしない。それでもラズベリーはたっぷりと採れたし、優雅な朝食を彩ってくれてはいた。

ただ、ここ数年、せっかく採りたてのフレッシュな果物に恵まれながら、口にすると発疹が出てしまい、一生分の果物を食べてしまったからなのか、火を通さなければ食べられない体質になってしまっていた。それが、不思議なことに、スーパーで買った果物は平気なのに、である。我が家の庭の果物は、虫を寄りつけないような特殊な液でも出しているのだろうかと思ってしまう。

そして、その発疹に長女バッタも悩んでいると知った時の驚き。また、逆に、息子バッタと末娘バッタは全く発疹が出ないことが分かった時の驚き。

いずれにせよ、今年はその発疹に悩まされることなく、また、今回こそは大丈夫に違いないとフレッシュな果物を口にしようかとのハムレットの悩みに苦しむことなく、なんとなく物足りない夏が過ぎて行った。


9月に入り、庭の奥に真っ赤に染まる林檎の実を見つける。手に抱えられない程嬉々として収獲し、林檎タルトにしようと思いつく。薄いスライスをしながら、幾つか味見もする。林檎の木が実をつけるようになって三年目。去年は小さい実ながら、我が家の林檎かと思うと、感慨もひとしおで味わっていた。今年は随分立派な大きさになっている。瑞々しく、甘過ぎず、上品な味ににんまり。

そして、まさかのまさか、夜中に発疹で目覚める。
林檎?まさか?
トロピカルフルーツなら分からなくもないが、何故、健康に最高の果物の代名詞のような林檎を食べて発疹が出るのか。林檎なら、幼い時から齧っていたではないか。大好きな果物の一つ。
ひょっとして、本当に我が家の庭で収獲された果物だからなのだろうか。それ程新鮮なものは口にしてはいけない何かがあるのか。しっかり水洗いすれば良いのか。

何とも信じ難いが、我が身が現実を直視しろと主張している。
もぎ立てのフルーツを口にすることはハシタナイ行為なのか。こうもひ弱になったのか。

それよりも、人間はかくも学習しないものなのか。赤い発疹の痒みを堪えながら項垂れる。


そのうち、胡桃やヘーゼルナッツの収穫が始まる。
今度こそは口にしまい。

無農薬、一切手を掛けていない天からの恵ながら、何が問題なのだろう。
うらめしくも不思議な思いで、真っ赤な林檎を見つめる。





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2015年9月16日水曜日

蜜蜂の人生









あんまり忙し過ぎちゃって、
自分がどこの花で蜜を吸っているのか、分からなくちゃっているのかもしれない。

気が付いたら仲間たちとはぐれて、全然知らない場所にいるのかもしれない。

本能に任せて、一心不乱に、最高の甘く濃厚な蜜を吸い続けている時に、鳥に狙われちゃうかもしれない。

ま、それも人生か。
え?大きなお世話って?







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2015年9月13日日曜日

真っ赤なポンポンダリア








「幸せだわ。」
うっとりとした様子で彼女は独り言つ。夏の昼間の日差しに包まれ、パラソルの緑の陰で、ピンクの薔薇が咲き誇る中、その穏やかな目元から今にも涙がにじみ出んばかり。

「でもね、実は素直に幸せを感じられないの。」目元の涙を説明するかのように言葉が続く。「日本にいる両親を思ってしまうの。二人は、これまでも、そしてこれからも、きっとここには来れない。だから、私一人で幸せを味わってしまって申し訳ないって。」

想像もしなかった言葉に返事ができないでしまっていた。
私が19の時に亡くなった父にバッタ達を会わせたかったな、と思ったり、この場に母がいたらな、と思ったことはあるが、それは飽くまで自己中心的発想。彼女の言葉は親孝行というより、むしろ慈悲の心からきているのであろうか。

バイクの音で目覚めるバンコク。通りに立ち込める香辛料と香草の香り。もう遠い記憶でしかないが、容赦ない暑さと、あくまで青い空、怪しげなトクトク。アジアの地でもっともエキサイティングで、機会あればぜひ行きたい地。そこに昨年夫婦で小旅行をしたと言う。ところが、そこでの貧富の差を直に感じてしまい、心から楽しめなかった彼女の様子を、彼女のことを高校の頃から知っている旦那が、愛する人について誇らしげに且つ労りながら、控えめに静かな声で伝える。

深淵を覗いてしまった者は、覗く前の自分ではありえない。見知ってしまった者としての責任を負う。それでも、である。悩み多き自分の人生でさえ漸く生きているのに、他人様の事情までをも背負ってしまったら、潰されてしまうではないか。観音様ではない限り。

すると、優し気な目元を一層細めて、「悩みねえ。」「悩みなんてないよね。」そう旦那に微笑む。すると、やっぱり同じように優しい笑顔で「そうだね。悩みはないよね。」と旦那が答える。

そうかと思うと無邪気な子供の様に、道端の草花に歓喜し、ゆっくり立ち止まって挨拶をする。まるで真っ赤なポンポンダリア。華麗でいて気品があり、潔くて愛らしい。

今年の夫婦水入らずの小旅行はフランス。その貴重な一日をこうしてモネの庭のあるGivernyで私と過ごしながら、別れ際に彼女が尋ねる。どうして、彼らの観光に付き合ってくれたのか、と。

友達だから。
その単純な答えを飲み込んでしまう。尋ねてきたということは、この答えを予想していまいと、変に遠慮してしまう。

ホスピタリティについての思い出話をして答えとしてしまう。ああ、こんなことを言いたいのではないのにな、と思いながら。

それに、Givernyに行くことを強く勧めたのは、この私なのだから。

Givernyへの思い入れは強い。
数年も前になる平日の午後、仕事を何とか切り上げて、地図を片手に隣でナビをしてもらい、光と影がまばゆい空間を初めて訪れる。一時の解放感で有頂天になりながら無花果のシャーベットを味わったことが忘れられない。その後、ゆっくりと柳の枝が風にしなる音を聞き、うっそうとした緑の藤の枝がくっきりと切り取る空間を発見し、蓮池に映る空の色に心動かされる機会を持つ。それから長女バッタと母を連れ、オーストラリアのホストファミリーを連れ、台湾の妹一家を連れ、と、何度も訪れている。

そうして、曖昧な追憶は、確固たる確信となる。もうずいぶん前に、バッタ達の父親と一緒に訪れたことがあった、と。訪れるたびに、その幹に触れる、見上げるばかりの巨木である柳に伝えられたように思う。

友人たちがパリに遊びにくると、決まってモネの庭を訪れることを勧める。友人たちに楽しんでもらいたいとの純粋な気持ちが当然あるが、一緒に訪れることでの私の楽しみもある。


真っ赤なポンポンダリアの君よ。
またきっとフランスに訪れてきてくれることを待っているよ。
広隆寺の弥勒菩薩のように慈悲深く、思慮深いながらも、ポンポンダリアの様に軽快で明るく輝いている君に、これからも幸多からんことを。









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2015年6月27日土曜日

30度の茹だる暑さの車内で






「あのぉ。間違っています。読んだわけじゃないんですけど、ぱっと目に入って。すっごく迷ったんですけど、仕事関係のメールだったら困るんじゃないかと思って。ごめんなさい。」

30度以上の茹だる暑さの中、夜の電車に揺られながら、一件大切なメールを送っていないことに気が付き、慌てて書き認め、さあ送ろうとしようとしていた時だった。隣から声が掛かる。暑さと、一日の疲れで頭は朦朧としており、それでも必死で文章を書いていた最中、突然の一言に驚き、かつ、不快指数が一気に上昇する。

「えっ?それって、この文章を読んだってことかしら。」
思わず尖った声になる。

「いえ、違います。ぱっと間違いだけが目に入ったんです。」

隣の若者は顔を真っ赤にして、今にも消え入りそうな様子。「ごめんなさい、ごめんなさい。」を繰り返している。

人事関係の内容だったので、人に読んでもらいたい内容ではなかった。ただ、自分の世界に没頭していた自分がいけないのであろう。それにしても、隣から読まれているとはちっとも気が付かなかった。それよりも、間違いを他人に指摘されたことが不快感を一層引き上げていた。が、相手は非常に恐縮している。

「で、どこが間違っているのかしら。」

「あのぉ、«e» がいらないんです。」

「ん?どこ?」
この際、画面を彼女に見せる。

「ここです。」

おっ、最初の一文にある «une erreure» ではないか。確かに随分迷った。 «une erreur» と書いて、 «une » なら、最後に «e» がつくのではないかと思い、« erreure » と書き、やっぱり変かなと «  erreur » と書いては消し、書いては消し。その繰り返しを何度かし、取り敢えずは « erreure » として放って置いたところ。

そうか。ありがとう。微笑むと、消え入りそうに身を小さくしていた彼女もにっこりとする。「お仕事の関係のメールだったら、お困りになると思ったんです。文章は読んでいないですから。」

あ~あ。エラー、間違い。それこそ、エラーをしてしまったか。お節介な彼女の素直さに感謝し、やれやれと思いつつ、メールを改めて読み直し、送信する。

電車内の熱気は一向に下がらないが、なんだか爽やかな思いに包まれる。






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2015年6月21日日曜日

庭の香りのブーケ








「今日はいつ迎えに行けばいいかな。16時?16時半?」

息子バッタの血液検査に付き合っていると携帯にメッセージが届く。父親から。先週末がパリだったから、今週末はこちらだと思っていたのに、と驚く。先月出張で、バッタ達がパパと過ごす週末が少なかったからだろうか。それならそうと、早目に相談してもらわないと、と溜息がでる。土曜の夕方には近所のチョコレート屋さんでコンサート。その後はバイオリンの先生宅でバーベキューの予定。夜は日が暮れてから、隣村で提灯行列をしてキャンプファイヤーを囲んで花火を見ることになっていた。

今週末はこちらにいるものと思っていたけど。

そう送ると、すぐに返事がくる。

「えっ?だって、この週末は父の日じゃないか。」

そう言われてしまうと返事ができない。息子バッタに伝えると、あまり反応がない。家に帰って末娘バッタに伝えると、「何それ?母の日にあたし達にパリに行かせたのは、誰よ?あたし、パパに電話する。」と剣幕。そう言えば、母の日の日曜、あちらの息子の洗礼式とかで、パリにバッタ達を送迎したんだっけ。しかも、試験日直前の長女バッタの為に、二時間も車で待たされ、彼女だけ先に帰れるようにしたんだっけ。

すぐに末娘バッタの足音が聞こえる。どうだったのか聞いてみると、父親はあっさりと、それならいいと言ったらしい。

急に彼の立場に身を置いてしまう。父の日を楽しみにしていたのに、子供からは別の行事が既に入っているからと言われてしまう。

ねえ、日曜のランチにパリに行ったらどうかしら。そう、パパに言ってみてよ。ママが車で送ってあげるから。

かくして、庭の香りを集めたブーケを手渡し、日曜の朝にバッタ達を送り届ける。






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