2014年12月10日水曜日

最期の姿



あ、ボルドーのマミー。
バッタ達の父親が足腰立たないと心配して車椅子を買わなきゃ、なんて言っていたげど、お元気そう。

ふっと映像が消える。

夢だったのか。

我が家のキッチンに現れるなんて。「ママの言う通りに、使わないと筋肉が弱まって、歩けなくなっちゃうんだよね」そう心配していた末娘バッタやパパに教えてあげなきゃ。元気になるよって。夢に出てきたものって。
妹の手術も重なって、気が塞がっている彼に元気づけのSMSを送ろう。

そう思う間もなく、携帯が震える。
電話の相手は彼。
彼の母が早朝に亡くなったことを知らされる。

まさか
最期に会いに来てくれたのか。

涙が止まらない。


彼の母親、つまりバッタ達のマミーはここ一年半程、転移した膵臓癌の治療を続けており、夏休みにパピーの出身地である田舎の島でバッタ達と過ごして以来調子が右肩下がり。最近は入退院を繰り返していると聞いていた。バッタ達の訪問は歓迎されず、唯一、父親だけが週末に会いに通っていた。そして、今度は体調が悪いと病院に行った父親の妹が心臓に腫瘍が見つかったと緊急入院となり、摘出手術を受けたのは前日のこと。

パピーとマミーは職場結婚。以来、毎日のように一緒に出勤し、一緒にランチをとり、一緒に帰宅。週末のパンを買いに行く時さえも一緒。運転に至ってはひどい乱視のパピーに代わって、道路標識や信号さえマミーが教える二人三脚ぶり。引退すると、マミーの出身地であるボルドーに引越して、郊外の一軒家に住んでいた。近所には、娘一家も越してきていた。そして夏のヴァカンスはパピーの出身地の田舎の島に行き、三ヶ月はたっぷりと過ごしていた。

バッタ達もボルドーや田舎の島で何度もお世話になっている。かく言う私も、結婚式は田舎の島で挙げたし、ヴァカンスに何度もお世話になり、バッタ達の長いヴァカンス中、一月は彼らが1歳にならないうちから、お世話になっていた。離婚しても、バッタ達のパピーやマミーであることに変わらず、バッタ達はいつも夏は一月一緒に過ごしていたし、時々パリに遊びに来た時に、我が家に立ち寄ることも稀ではあったが、なくはなかった。

それでも、幼い子供達三人を残して出て行った息子を怒鳴るでもない彼らに、どうもわだかまりを感じ、いともあっさりと息子の新しい奥さんと彼らの子供を歓迎している様子を見て、とにかく全ての感情を殺していたことに気が付く。

感謝の念が沸々と湧き出て、とにかく涙は止まらない。



パピーに会いに行かないと。最期にマミーが会いに来てくれたことを伝えないと。そんな思いがこみ上げてくる。

もっと前に会いに行けばよかった、そう思うもマミーはもういない。









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