2014年2月6日木曜日

處處聞啼鳥



受け取った紙を確認するでもなく眺めていると、「そう、この数字でなくっちゃ。」と、突拍子もなく明るい声が掛かる。

えっ?
一瞬、その数字の裏に広がる意味を見つけようと必死になるが、相手の溢れんばかりの優しい瞳に、笑み崩れてしまう。意味を持たないものに、意味を持たせてしまうことの、なんと奥ゆかしいこと。

久しぶりの邂逅の戸惑いが、瞬時に消えてしまう。

この次、いつ会えるか分からないから、ちょっと早いけどバレンタインおめでとう。
そう言って小さな紙袋を差し出すと、驚きと痛みが同時に瞳をかすり、そして、ゆっくりと優しさが瞳に戻ってくる。水色の基調の絵柄の箱を手にすると、何かつぶやき、蓋を開けて薄紙を払って、ラップにぴっちりと一切れ一切れ包まれた5つのチョコレートケーキを確認する。「綺麗なチョコレートケーキだね。」

得意な気持ちで相手の反応を待っていると、箱の蓋を閉めながら「いつスイスに行ったの?」と思いもよらぬ質問がささやかれる。

スイス?あぁ、そうか。この水色の箱はスイスのチョコレートの老舗Spruengliの箱。一年前にZurichを訪れた際にお土産に買って来たっけ。でも、待ってよ。これ、Spruengli社のケーキじゃないわよ。驚き慌ててしまう。斜めに入れても小さな箱には収めきれずに、蓋はずんぐりと持ち上がっていて、如何にもホームメードといった装丁。

ああ、でも、以前にも、トンカ豆入りトリュフを作ってプレゼントした時、一緒に味わって、美味しいね、ありがとう、と言い合ってから随分経って、実はトリュフを入れていた箱のメーカーの作だと思っていたことが判明し、驚き半分、がっかり半分、嬉しさ半減、といった経験があった。

「これ、Spruengli社の製品じゃないわよ。」
今度は相手が驚く番。でも、だって、と箱を眺めつ、もう一度蓋を開けて一切れ手にして、えっ?と見つめられる。
「そうよ。私が作ったのよ。だって、この包装、どうみても素人じゃない。」
「いや、とても綺麗にラッピングされているよ。そうかぁ。」
「それにさぁ。ま、さ、か、バレンタインのプレゼント、私が手作りしないわけ、ないじゃない。」
「そりゃそうか。そりゃあそうだよね。」

一口齧ろうとする相手に、無理しないで、ゆっくりと時間のある時に味わってね、と告げると、また丁寧に箱に入れて蓋を閉めてしまう。

最初の一口目の感嘆の声、表情が楽しみだったのにな、と心の中で思う。
ジンジャーの香りがきっと気に入るに違いないと思っていただけに、ちょっとだけ物足りなさを覚える。

でも、それも一瞬のこと。あれも、これもと話題は尽きず、相手の話を聞いては相槌を打ったり、反論したり、一緒に納得したりと、春暁よろしく、賑やかな鳥のさえずりの様な時間が過ぎる。


豊かな時の流れの余韻を楽しんでいると携帯が震える。
「ケーキ、おいしい!」

ね、ねぇ。中に何が入っているか、分かった?当ててみて。すっごく手間暇掛けて作ったんだよ。違いが分かる?いつものケーキとどっちが好き?そう思いながらも、笑みが顔中にのんびりと広がる。






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