2014年2月1日土曜日

柔らかな日差し



ラモーのガボットを教本6巻目の終了証書のために弾くと決めた息子バッタ。当日は蒼白。車酔いとか言いながら、緊張しているのだろう。随分前に仕上げた曲だけに、安心なのだろうが、最近仕上げた曲を選ばないところが、なんとなく彼らしいと言えば彼らしいか。

鈴の音の様な透明な明るい音の粒が部屋中に広がるが、どうもいつもより珍しくテンポが遅い。丁寧に弾いているのかな、と思っていたが、なんだか自信無げに突然ふっと終わってしまう。バイオリンの師のマリは、さあっ、次のクライマックスへ向けて、と促すが、蚊の鳴くような声で、多分これでおしまい、と囁く。えっ。一瞬、聴衆が凍り付く。生徒の一人が、ちゃんと繰り返しをしたし、これで曲は終わっていると言い切る。本人がこれで演奏がおしまいと言うなら、これで曲はおしまいなのよね、と母親の一人が声を出す。そして、拍手が起こる。

なんとも、いやはや。編曲してしまったか。
彼が楽譜通り弾かなかったことは耳が教えてくれている。どうやら、復習するにも、楽譜が見つからず、覚えている通りに練習していたというから、呆れてしまう。それよりも、何故CDで曲を聴かなかったのか。せめて一度だけでも聴いていたら、自分の記憶の間違いに気が付いたであろうのに。

その態度が気に入らなかった。そんな適当さで終了証書を手にしようと思った根性が気に入らなかった。その日はパパのいるパリに行ってしまったので、翌日、パリから帰っての夕食の際に、つい、大きな声を出してしまう。探したが見つからなかったとされる楽譜は、あっけなくピアノの上から出てくる始末。帰ってきてから、慌ててCDを聴くでもなく、楽譜で確かめるでもない。一体なんなのだろう。

しかも、更に気にいらないことに、今年の県大会でヴィヴァルディの4つのバイオリンのためのコンチェルトのパートを受け持つことをマリから打診され、人前で弾くのは嫌だから、と断っている。いつから、そんなさみしい心の持ち主になってしまったのだろう。音楽を皆で奏でることが、最早楽しみではなくなってしまっているのか。

情けないやら、悲しいやら。
いつ止めると言い出すか、と腫れ物に触るかのように、なだめすかして扱ってきたことのツケが回ったとしか言いようがない。

情けない。思いやりある、心広く豊かな人間になるようにと願い、音楽とは人生に喜びをもたらす魅力にあふれた世界であると家族皆で一緒に発見し、ともに歩んできたというのに、いつのころからか人前で音楽を奏でるのは嫌だという偏屈者になってしまったのだろう。
思えば思うほど、辛く、息子バッタに対して厳しい言い方をしてしまう。

すると、立ちすくんで号泣し始める。

気が付くと、隣で長女バッタも泣いている。ぎょっとする。彼女に言わせると、息子バッタは彼なりに毎日頑張って練習していたし、本番で自信なさげに終わったことが悪かっただけで、ちゃんと曲を弾いていたとする。

そんなこんなで、親としてはいささか半端な格好で、この話題を終えてしまっていた。
翌日からは、短時間ながら、毎日の練習だけはしている様子でもあり、蒸し返すこともしないで日が過ぎていった。

次のレッスンの日。レッスンを終え、慌ててサッカーの試合に駆け付ける息子バッタを見送った後で、恩師、マリに前回の息子バッタの態度を詫びると同時に、もう少し厳しくしないといけないのかと思っていると話してみる。

「私の役目は、生徒たちを押し潰すことではなく、彼らを上に引き上げ導くことだと思っています。あの演奏の時点で、本人は自分の失態を大いに自覚して身を小さくしています。彼は次回はあんなことにならないように、ちゃんと準備しますよ。失敗したとうなだれている生徒に新たな追い打ちをかける必要はないでしょう。大丈夫。技術的に問題がないことは私が十分知っています。だから、安心して任せてください。」

はっと目が覚める。「押し潰さないで、上に導くこと」

では、人前で演奏をしたがらないことを容認しても良いのだろうか。甘えではないか。

「そういう年頃なのかもしれませんが、取り敢えずは、彼の言い分を聞きました。でも、ちゃんと楽譜を渡してあり、パートは練習してもらっています。そして、もしものことがあれば、彼の言い分を聞いた私の願いなら、彼は聞いてくれると思います。彼に何かをしてもらうなら、私の方からも彼の願いを聞き入れねばならないと思っています。大丈夫。」

無理強いはしない。彼の言い分を聞く。そして、次にはこちらの言い分も聞いてもらう。

深く頷く。
バイオリンの師であるマリは精神上の師でもある。

Vivaldiの4つのバイオリンのためのコンチェルト、ロ短調。第一楽章は4つのバイオリンがソロパートを次々と交代していく形式。
さあ、楽譜を覗かないと。

久々に日差しが柔らかい。




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