2012年2月5日日曜日

ニワトリの心臓


雲一つない澄んだ青空が
段々と群青色に濃くなってきて
冴え冴えとした月が天空に輝く様を
前の晩、確認したはずなのに、
夜遅くまで本を読んでいて、
気配に気がつかないはずはないのに、
朝起き見てると
別世界が広がっていた。

新雪は片栗粉のように
足で踏みしめると、
きしきしと音がした。

タイヤは新しく交換したばかりではあったが、
ノーマル。
日曜の朝は、それでなくても交通量は少なく、
特に我が家の前など
足跡さえついていない状態。

生物の実験で、
どうしてもニワトリの心臓が欲しいという息子バッタと、
雪が嬉しくてしょうがない末娘バッタを引き連れ、
通常、歩けば30分程度の距離にある街中まで、
マルシェに向かって歩くことにする。

雪玉の投げっこやら、
スライディングやら、
遊びながらなので、
雪ブーツであることも手伝って、
とにかく、先に進まない。

毛皮のロングコートを着たマダムが、
真っ白な塊に挑んでいる場所にでくわす。
バッタ達が跳ねて行って、雪払いのお手伝い。
みるみるうちに、マダムの水色の車が姿を現す。

そうこうしながらも、
1時間ほどかけて漸くマルシェに着く。

どうやら、フランスでは心臓は捨ててしまうので、無料なるも、
さすがに、心臓だけをお願いはできないので、他のちょっとした品も買いつつ、
心臓をお願いするように、と生物の先生は生徒に指導くださったらしい。

なるほどね、と、
鶏の丸焼きがジュージューと薫り高いお肉屋さんに、入っていく。

「ボンジュー、マダム。ボンジュー、レザンファン(子供達)。」

肉屋のムッシューは至ってご機嫌。

「あの、鶏の丸焼きを一つください。それから、鶏の心臓をいただけますか。息子が生物の実験で使うらしいのです。」

ムッシューは素っ頓狂な声をあげて、何やら大袈裟な冗談を混ぜながら、とにかく、心臓なんてここにはない、と言ってくる。
「ミニサイズの鶏、ハーフサイズ、ならどうですか?」
「いえ、心臓が欲しいのです。」

どうも、話にならないし、若干馬鹿にされている気がしてきて、
すぐにバッタを促し外に出る。
心臓を食する野蛮人とでも思われたか、と、
つい思わなくても良い方向に思考が向かってしまう。

次に、
沢山の回転機械を駆使しつつ、
多くの熱々の鶏の丸焼きを提供している専門店に足を向ける。

今度は、息子バッタが若い威勢の良いお兄さんに声を掛ける。
「こんにちは、ムッシュー。学校の生物の授業で、鶏の生の心臓が欲しいのですが、分けていただけますか。」
最初、きょとん、としていた、お兄さん、ここでは、全て焼いているし、ドミ(半分)か、アンチエール(丸ごと)じゃないとね、と言う。
息子バッタが、「あの、心臓(カール)なんですが。」と言えば、

CŒUR!(カール)心臓か!」

そして、にっと笑って、ここでは全て調理用に準備されているから、心臓はない、と教えてくれる。ごめんよ、と。
そして、「ここの鶏達は、心臓がない鶏なのさ!」と、やや自嘲気味に大声で付け加える。

息子バッタは、何やら大きく頷き、納得している。

私は、といえば、食材大国のフランスと言えども、
全てどこかで下準備されているのか、と変に納得。
そして、薄ら寒さを覚え、世紀末かな、と嘆く。

息子バッタは、日曜は多くのフランスの家庭で家族とのランチの為に、
鶏の丸焼きを買うだろうから、
もう既に肉屋では準備してしまっているんだろうね、と呟く。

もう一軒だけ寄ろうよ。
雪で冷たくなってきた足を気遣いながらも、
せっかく遠出したのだし、
手ぶらでは帰れまい、
との思いが募ってきていた。

恐らく同じ通りに5軒はあるであろう肉屋。
その一つに、また足を入れる。

今度は息子バッタがリード。

ここの肉屋のムッシューは、
鶏の心臓だけ、と言われても、早めに予約してもらわないことには、困る、
と説明。

私が鶏を丸ごと今買いたいと言っても、
やはり遅すぎますか?

と、聞くと、恐い顔が漸くニコリとし、
マダムが一羽お買いになるのなら、問題ないですよ、と言ってくれる。

息子バッタが、驚いて、その鶏の中には、ちゃんと心臓があるのですか、と確認。

肉屋のムッシューは、にんまりとし、ちゃんと生の心臓をきれいに切り分けて、別にしておいてあげるよ、と答える。

他に、チポラッタをいくつか包んでもらう。
帰り道、重くなるではあろうが、
お礼の気持ちも込めて、ついつい買ってしまう。

戦利品でもせしめたかのように
誇らしげな息子バッタ。

大丈夫、これなら、彼が帰り道は持ってくれる。

「先生は、心臓はタダだって言っていたけど、結局、ママは鶏一羽と、チポラッタを買ったから、かなりの金額になっちゃったよね。」
そう、笑っている。

通り道の雪が溶け始めてきたマルシェの端では、
ミモザの枝を若い女性が通行人に手渡している。

すかさず、末娘バッタがとりにいく。

真っ白な雪に、黄色のミモザは風情がある。

そういうと、バッタ達は、「風情」とは何かと聞いてくる。

帰り道は、除雪車が通り、凍結防止に塩を撒いているので、
真っ白な雪は茶色に濁り、
それこそ「風情」がない。

大騒ぎをしながら、
漸く家に戻った頃には、もう午後の1時。

流石に、これから鶏をオーブンで焼いている暇はない、と
フライパンを熱し、チポラッタを入れる。
ジャガイモと人参を蒸そう、と洗っていると、
隣で息子バッタがフライパンを動かしている。

でも、心臓が手に入って良かったよね、
と話をしつつ、
チポラッタの焦げる香り、
圧力鍋の蒸気ですっかり身も心も落ち着き始めると、
ミッシングピースが見つかる!

un quart 」と「un cœur」。「4分の1」と「心臓」。
発音は微妙に違うが、意味ときたら全く違う!

だから最初の肉屋のムッシューが、変な顔をして、小さめの鶏ではどうでしょう、せめて半分は?と聞いてきたのである。

おお。なんと!
今からでも、そのお店に説明をしに行きたくなる。

息子バッタに謎が解明したことを伝えても、そう感動してもらえなかった。
彼は、いつのタイミングで私の発音の間違いに気がついていたのだろう。

宿題が多いから、と家に残っていた長女バッタに至っては、
ママ、最近、フランス語使っていないの?との返事。
そして、「un quart 」と「un cœur」の発音の練習をさせられる。

ああ、日々是精進。。。
今、我が家の冷蔵庫には、鶏の心臓が恭しく小さなビニールに入って鎮座している。
本体は、寒いから、冷蔵庫に入れるまでもない、と、
冷凍庫のような廊下に、ちょこんと置かれている。




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2 件のコメント:

  1. あかうな9/2/12 17:38

    ものすごいオチ(!)がついていて面白いです。最後まで惹きつけますね。でも、私の住んでいるところでは鶏の心臓はそれだけでパック売りですよ。。。20個は入っているかな。これまた世紀末なお話で。。。

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  2. こんにちは。喜んでいただけたようで嬉しいです。世紀末なんて、とんでもない。貴重ですよね。心臓。。。で、あかうなさんは、どんな風に調理なさる???ニンニクでジュと?そしてナンプラーで味付けて、パクチーをぱっとかけて?あ、おいしそう。。。

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